修法の真実 ■■■33■


ちょっと遠いけれど、岩と岩に囲まれ、人目に付きにくいこの場所は、女の子にとっては重宝する場所で、先に下りていって、先客がいないか確かめて、クモさんを案内する。
「落ち着かないかもしれないですけど、全く安全な瀬ってわけでもないですから、ここに待機させてもらいますね」
そう言って、普段日光浴をする岩場に腰を掛ける。ほぼ背を向ける形で日に当たっていれば、ちょうど淵が視界の端に見えるから、そう危険もないはず。最悪、溺れて流されても、走って駆けつければ何とかなるくらいの距離。水の量も多いってわけでもないようだし、そう危険はないと判断して、私は考えに集中する。

クモさんって、一体、どんな人なんだろう?
京から来た、験者だと紹介された。でも、ちゃんとした験者じゃないとも言ってて…、だから修法じゃなくクスリでおばちゃんを治してくれたんだよね?クスリの知識は、ヤマで読んだ漢籍で覚えたって言ってたし、じゃぁ、ヤマには勉強しに上ったのかな?兄さんとそう歳は変わらないように見えるし、成仏を願って仏門に入るには早いよね?でも、なら、どうして、サンザン巡りなんてしてるんだろう?今時、サンザンに行く人なんて、験者か千載一遇の何かに縋りたい人くらいしかいないって言うのに。
…考えたって、答えは出そうにない。

私の思考は、こんな感じで、先ほどのクモさんとの会話の事でいっぱいだったから、クモさんが何をしているのかなんて気にしてなかった。言い訳がましいけど、普通、禊に来たなら他にする事なんてないって思うじゃないか。
「あの…何してるんですか?」
少しも水音がしない事に気付き、恐る恐る首を回せば、膝丈ほどまで川に浸かったまま突っ立っているクモさんと目が合い、思わず口をついて言葉が出た。
「禊をしたいと思ってる」
意外なまでに普通な返答ではあるが、水気のないところならまだしも、川に足を浸けて言う言葉だろうか?それとも、場所に拘るのかな?とか、目一杯思考を巡らせながら、言葉を繋ぐ。
「はぁ。気に入りませんでした?」
「いや、申し分ないよ。少し冷たいけど」
「じゃあ?」
「うん?」
見つめ合うこと暫し。一つの仮定に思い至る。もしかして…
「浴び方が分からないんですか?」
何とも失礼な聞き方があったものだと思う。でも、どう尋ねて良いのかも、そもそもこんな質問したこともないし。
「浴び方?」
目を瞬いて、考える風に視線を空へと向けてから、水面と私とを交互に見やって、肩を竦める。
「そうだね…、分からないみたいだ」
「みたい?」
何とも自分の事ではないような物言いに首を傾げる。
「身の知っている作法と少し違うようだ」
禊、と言うか、体を洗うのにどんな地域差があるというのか、今度は、こっちの視線が泳ぐ。
しかしながら、もしかしたら知らないのかもと言う私の予想が当たらずとも遠からずだったのには、自分の勘を誇るべきなのか、悲しむべきなのか。きっと泣きそうな気分なのだから、後者なんだろうけど。

次≫≫■■■

inserted by FC2 system