戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲2−3■


夕方の斜めに入る日差しが、部屋を赤く染めている。
こんな風に明かりのある中でなんて、恥ずかしさに身を捩るとあやめ殿は笑う。
「恥ずかしい?」
「当たり前です」
「そうかな。すごく良い眺めで、俺は満足だけど」
にんまりと微笑まれて、私は、唖然とする。
「そのような趣味をお持ちとは知りませんでした」
「えー…男はみんなそんなようなものだと思うけど」
まぁ、いいか、とあやめ殿は、私の胸元に顔を埋めると、両脇から手を差し入れて、胸を押し上げる。
「見えないのも、それを想像できるから、楽しいけど、見えるって言うのも、それはそれで男女問わず興奮すると思うんだけどね」 確かに、あやめ殿が何をしているのか、全て見えてしまう今の状況は、いつも以上に胸の鼓動が早鐘を打ったような感じになっている。 「でも、それは、恥ずかしいからで、興奮しているからではありません」
「ホントかなぁ?まぁ、どっちでも構わないけどさ」
とろりとろりと緩慢に腰を動かしながら、あやめ殿は笑う。
「な…に?」
「いえ。愛しい新妻の願いを叶えたいし、俺も賛成ではあるんだけど、まだ早いかなって」
「え?」
「いえ…なんでも。あなたが妻で良かったなと」
はぐらかされた感に、追求しようとした言葉は、嬌声に変わった。
急に激しくなった腰つきに、ついて行けず、ただただあやめ殿にしがみつく事しかできなかった。

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ふぅっと溜息を吐いて、あやめ殿は、私の横に寝そべった。
今夜はもう終わりらしい。
いつもなら、そのまま寝てしまうところだけれど、寝物語も悪くない。
「早いって?」
ぼんやりとした思考の中、ふと浮かんだ先ほどの言葉を口に出した。 「うん?」 「さき程、私の願いを叶えたいけれど、早いって言ってました」
「あぁ。聞こえてた?」
「えぇ。何か問題が?」
「いや…問題と言うか…何というか、妻としての義務はもっともだし、家族をあげたいとは思うんだ。でも、俺はあなたが好きで…できることなら蜜月をもう少し楽しみたいというか」
「え?」
「子を孕めば、家の宝と騒ぎになって、あなたは宮家の姫さまかと言うほどの扱いを受けると思うんだ」
「まさか…大袈裟だわ」
「大袈裟なものか。柏原の主の初孫だよ?」
目をぐるりと回して、盛大に溜息を吐くあやめ殿に、私は目を瞬かせた。
「俺としても、こんなご時世だし、嫡男の務めとして、息子をあげることは、割合急務だとは思うんだ」
「そのようなこと…」
「ごめん。言い方が悪かったようです」
「いえ…どうであれ、嫡男はまた嫡孫を必要としますね」
「うん」
「子ができても、ずっと子にかかりきりと言うわけでもないでしょう?十月十日と聞いてます」
「その月日を待てと?夜毎こうしてあなたを腕にしている俺なのに?」
「あやめ殿…それでは、さきほどと仰ることが違います」
「違わない。さっきのは、嫡男としての意見で、俺の意志じゃない」
「詮無いことを…」
「確かにね。でも、どうしようもないんだ。どうしたら、いい?」
「私は、嫡男の妻ですから、お子をとしか申し上げられません」
「あなたの意志は?そんなところにはないでしょう?」
「きっと、女子の考えは、殿方とは違うのでしょうね」
「違う?」
「慕う男の胤を宿すことに喜びを感じない女がいるでしょうか?少なくとも私は産みたい」
「…ずるいな。まるで俺だけ我が儘みたいじゃないか」
「仕方ありません。あやめ殿はまだお若いのです。その若さのまま、思いのまま、と願うのは当然です」
「なんか…性格変わってない?」
「かもしれませんね。こんな私はお嫌いですか?」
「…ぁあっ!」
「あやめ殿?」
「なんでそんなに格好良いのさ?そういうのは、俺の台詞じゃない?」
子供のように頬をふくらませて、声を大にして言うあやめ殿の姿に、私は微笑みを返した。
「あやめ殿も、雰囲気が変わられましたね」
「ガキ臭いとか言うんでしょう?」
「ガキ臭いなんて…ちゃんと六つ下なんだなぁと思うだけ」
「確かに事実だ。でも、そんな俺が好きなんだろう?」
「大きくなっても、きっと好きよ」
「きっと?」
「うーん、絶対?」
「なんで疑問系?」
「ふふ」
「ずるい、絶対にずるい。十月十日も待てる気がしない。でも、今我慢できる気はもっとしない」
「あっ…っあやめ殿」
その翌日、腰が立たないと言うのはこういう事なのかと身を以て実感したのは、言うまでもない事かも知れない。

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