戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲01■


王城となり久しい京で、武士が、我が物顔でこの街を闊歩するようになってからも、また久しい。武威の世などと人は言うが、それさえも一所に定まらず、権力者たちは、戦に明け暮れる。
そんな中、京で起きた諍いが、エツの国にも広がろうとしていた。

輿入れが決まったと父に告げられた時、私はただ素直に快諾した。
ただ驚いたのが、今まで許嫁と呼べる存在もいない私に、戦支度に忙しい屋敷内でそう告げられたこと。
私は、武家の娘だ。自分の意思で、自分の人生が決まるなどと考えてはいない。
「三、四日で経つよう先方には伝えてある」
「随分、急なお話ですね」
「あぁ。家格は少し下がるが、ウミの小国の倅だ」
「ウミの…では、高月殿の御配下でしょうか?」
「柏原殿の嫡男だ。それに、羽生殿の勧めでもある」
「はい。父さまの名を汚さぬよう、そして、羽生殿のご期待に添えるよう、尽くします」
「良い返事だ。出立の儀には、この父も参加する。そなたの生まれた時から準備した嫁入り道具もあることだ。何も心配せずおれ」
笑い皺を深くして笑みを作り、父さまは立ち上がった。
話は終わりらしい。
簀の子縁で伺いを立てている家臣に目配せをしたその背中に、私は、深く礼をした。

荒馬にさえ跨る武士然とした父ではあるが、娘の私には、母でさえ窘める程甘い。
この婚儀の意義をきっと父さまは話してはくれないだろう。
ウミの国、柏原の嫡男に嫁いで、羽生殿の顔に泥さえ塗らなければ、それで構わないと思っているに違いないことは、話してみなくても分かりそうな事だった。

だから、嫁入り前の挨拶と理由を付け、同腹でもある一番上の兄さまを尋ねる。
「戦支度がお忙しい中、時間をありがとうございます」
「俺の方こそ、一生に一度の事だというのに、気遣ってやれなくてすまないな。渡してある形見を輿入れの祝いに持って行ってくれ」
「形見などと…」
「俺は不肖の息子だからといつも言ってるだろう?」
私の渋面を気にするでもなく、兄さまは軽く笑う。
女の私が言うのも何であるけど、兄さまは、鬼敦賀と渾名される父さまに似ず、戦事を得意とはしていない。初陣の時にそのように言って渡されたのは、兄の愛読書だった。中身は、目を通しても眠くなるだけのものだけれど、その装丁は、幼い私を引き付けて止まなかったのを覚えてくれていたらしい。

「やはり、戦はあるのでしょうか」
「どうだろうな」
兄さま、と非難がましく呼ぶと、困ったように笑みを見せる。
「知ってどうする?」
「どうって…それは分からないわ。でも、嫁ぐのは私よ?」
確かにな、と苦笑して、兄さまは、溜息を吐く。
「高月殿も何を考えて、お前の輿入れを申し込んだのか」
「高月殿からなのですか?」
「あぁ。まぁ、それを聞いた羽生殿も、早々に父上に話を持ちかけたと言うし」
「どういうお話だったのでしょう?」
「表向きとしては、膠着状態にある伯父上とお従兄弟殿の仲を取り持ちたいと。わが栗谷も、柏原も、故余呉殿には浅からぬ縁があるからな」
「羽生殿の真意をどう思われますか?」
「余呉のお家をだしにして、どうにかその家臣達を操りたいと言うのは感じるけれどね。まぁ、お前は深い事考えずに、柏原の嫡男殿にお仕えしてればいい」
「父上と柏原殿の間で取り決められた事なら、私も素直に頷けるけど…兄上も、柏原の嫡男殿については御存知ないの?」
「まぁ、噂程度くらいだな。悪い噂はあまり聞かないのだし、高月殿が是非にと勧めるんだ。そこまで盆暗ではないだろうな。俺が耳にしたのは、確か、元服の時に見せた流鏑馬の振る舞いが何とも素晴らしかったとかそんな程度だ。俺よりは、武人らしい」
尤もらしく言った兄さまに、私は笑った。いつだって、私の心配をなくそうとしてくれる、笑わせようとしてくれる、その気持ちが嬉しかった。
「兄上より上の方などいくらでもいましょうに」
「そうだな」

父さま以上に忙しいだろう兄さまをあまり引き留めるわけにもいかず、私は座を辞した。

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