戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲22■


「あなたは、兄者の妻になりたかったのではないの?」
「私は、あなた様の妻です」
しっかりとした口調で告げる。それは、相手にも、そして、自分にも、もう一度告げておきたい言葉だったから。
「他のどなたにもお仕えなどいたしません」
それは、強い決意だ。何人にも踏みつけられることないものだ。それくらいには、私にも矜持がある。
二人の夫に仕えようが、それは、私の人生で、逃れようもない事実。だからこそ、その時その時で、その人に対して誠実に対処していけばいいだけだ。
今の私は、目の前にいるあやめ殿に誠意を尽くせばいい。
「俺に仕える…妻?」
「はい。私は、行護殿にと輿入れをした身で、あやめ殿には、少し歳が合わないから、全く迷惑な話だとお思いですか?」
今度は、私が、勘違いを正そうと試みる。
「いつもそうおっしゃいますけど、それは、わざとですか?」
あやめ殿の表情が変わる。
「その言葉は、返せば、俺が幼すぎるのだと、そう仰っているように感じます」
「そのような」
「そうでしょうか?」
「あやめ殿は確かにお若い。けれど、いつだって、その振る舞いはご立派で、幼いなどと感じたことは一度もありません」
「それは、見せないようにしてきたからだ」
「え?」
「あなたは、まだ、俺のことを花一揆だと思っているでしょう?花一揆としての振る舞いに感心してるだけだ。そんなものは、ただの仮初めで、化粧を落とした俺は、ただのガキなんだ」
「あやめ殿」
「兄者は、いつだってすごくって、俺の憧れだった。でも、こんなに、兄者に成り代わりたいなんて思ったのは初めてだ」
「そのようなことを気にされていたのですね」
「そのようなこと?」
私が、些細な事だと思ってた事に、あやめ殿は、怪訝そうに眉をしかめる。
「えぇ。時々、私を見つめたまま、何も言わずにいらっしゃるから、てっきり、私に落ち度があるのだと思っていました」
「そんなことあるはずない。あなたは、とても魅力的だ」
魅力的…そんな言葉を耳にするとは思っていなかった。そんな風に思ってくれているなんて…。
「実家もなく、後ろ楯さえない私です」
「そんなの、功名をたてられない奴が考えればいいことだ」
「では、好きでいていいのですか?」
涙で滲む視界に、あやめ殿の満面の笑みが広がった。

ぎゅっと音がするんじゃないかってくらい、力強く抱き締められる。触れるすべてが熱かった。あやめ殿の熱なのか、私のものなのか、それすらもわからないくらい、どきどきして、思考がまとまらなかった。
ただ殿方のなすまま、感覚に従えばいい。そう乳母が言っていたのを思い出すけど、確かに、そうかもしれない。
だが、そうする前にすべきことがあったのを思いだし、とりあえず、自分の腰紐をほどき、夜着をはだけると、あやめ殿のそれにも手をかけて、すべて取り払った。
あやめ殿の両手を、私の頬に当て、ゆっくりと下へ下ろしていく。
二つの膨らみにあてがい、重ねた手の上から、押し上げるように動かす。
年上の妻としてのたしなみだと言われたけれど…あやめ殿は、といえば、驚いたように私を見つめたまま、瞬きもせず、何も口にしなかった。
笑みを浮かべ、余裕であるように見せなさい、とも言われていたっけ。
その真っ黒な瞳を見つめて、にこりと口許に笑みを湛えると、私は、ゆっくりと瞳を閉じた。
僅かな時間の沈黙の後、唸るような声がして、口付けが交わされる。
温かなそれは、柔らかく、甘い気がした。
舌先でぺろりと舐めるようにしたと思えば、右の頬、左の頬、左の目蓋、鼻先、右の目蓋、そして、額に、ちゅっと音を立て、次々と口付けが落とされる。
今度は、息が止まるかと思うくらい長い口付けだった。
息を次ぐ間もなく、あっという間に、口内をあやめ殿の舌が撫で回す。口付けが、こんなにも心地好いものだとは、思ってもみなかった私は、翻弄され、思考が段々鈍くなっていくのを感じる。その代わり、あやめ殿に触れられている全てが敏感に反応して、熱を持ってくる。
肌を見せることに躊躇いを感じ、緊張してしまうかと思ってたけれど、素肌の触れあうその温もりに、安らぎに近いような、希求してやまないような、うまく言い表せない感情が湧いてくる。ずっと抱き締めててほしい、そんな風に考えて、向かい合うようにして座っているあやめ殿の首に腕を回して、ぐっと抱き寄せた。
触れられる全てが、私を熱くする。
あやめ殿もそう感じてるのか、時折、吐息が甘くなる。悩ましげに、ほうっと吐く息が、一層私の思考を掻き乱す。それが、心地よくて、夢中であやめ殿の体に手を這わせ、首筋に唇を寄せると、私の肩に食らいついていたあやめ殿が、応えるように、一つ呻いて、その動きを激しくする。
胸をゆっくりと柔らかく揉みしだいていたあやめ殿の手が、脇腹を辿って、下へ下へ向かっていく。くすぐったいような、でも、体が火照ってく感覚に、腰が浮く。
胸の頂の一つをあやめ殿の口に含まれて、思わず身を震わすけれど、腰に添えられた両手でぐっと更に引き寄せられ、お尻から背中へと緩慢な動きで撫でられる。堪らなくなって、あやめ殿の頭を自分の胸に押し付けるようにして、掻き抱いた。緩く揺ってある髪を乱してしまう。度を越えた行いに慌てて、手を離すと、あやめ殿が私を見上げて、にこりと微笑んだ。
「構わないから、もっと触れて」
自ら頭を、私の胸に擦り寄せる仕種をする。
大事な髪に触れて、良いはずはない、と頭のどこかで思うけれど、止められそうになかった。乱してしまった髪をそっと耳にかけて、撫でる。ちょっと固めの髪質は、私の髪とは少し触り心地が違う。
再び口づけを求められ、何度も角度を変えて、交わし合う。
お尻に触れていた手が、ゆっくりと内腿に触れる。これから先の事を考えてしまい、びくんと、腰を引くけれど、見つめ合っていた視線が、熱くて、思考がぼうっとする。

指の腹が、自分でさえよく触れたことのない場所をまさぐる。その動きは、少し荒々しくて、でも、下腹がぎゅっと熱くなる感じがして、胸がじんとなって、目を閉じた。
つぷり、と指が差し入れられる。痛みを感じ、はっと目を開けると、あやめ殿の瞳とかち合った。その瞳にあるのは、見たこともない色。怒りにも似た激しさがあった。
私のどんな反応も見過ごさず、そして、心の内まで見透かそうとでもするかのようなその鋭さに、少し恐怖する。 それを感じ取ったのか、あやめ殿は、指の動きを止めないまま、ちゅっと音を立てて、一つ口付けを落としてくれるから、少し安心して、私もおなじようにそれを返した。
つぷ、つぷと具合を確かめるように、何度か中をかき混ぜて、あやめ殿は指を引き抜く。
次の瞬間、熱に浮かされ、ぼんやりとしていた私の理性が、一気に呼び戻される。
私の内に差し入れていた指を、あやめ殿は、あろうことか、ちろりと舐め、口にくわえたのである。
「なっ…あや」
とんでもない行いに、すぐにでも止めさせたくて、慌てて、手を伸ばしたけれど、逆に捕まれて、床に縫い止められるようにして、押し倒された。
そして、両膝を割られ、あやめ殿の体がぐっと近くなる。ふと視界に入ったあやめ殿の一部に、ギクリとまた体が固くなる。あんなに大きいものなのか、と背筋に嫌な汗が伝う。
「怖い?」
と、掠れた囁きに、あやめ殿を見る。
「どんな花嫁も通る道ですので」
呼び戻された理性に、武家の娘としての矜持が奮い起こされる。
あやめ殿は、眉根を寄せて、呻くと、私をぐっと、抱き寄せた。

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