戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲23■


覚悟はできていた。けれど、我慢できるとは限らない。
と、後悔に似た思いが、浮かんでは消える。

痛い。
痛みなど通り越した刺激。
全身の熱が一気に引き、体がこわばる。
ぐっぐっと腰を打ち付けられる動きに、体が避けてしまうかのような感覚に陥り、恐ろしくて、その度に、息を止め痛みに備える。
「痛い?」
ともすれば、逃れようとする私を捕まえるように、しっかりと腰を掴みながら、あやめ殿が言う。
痛い?
それが、今の私にかける言葉か?とか、そんなの見たらわかるだろう!とか、なんとも反発的な思考が駆け巡る。
私の物言わぬ視線を読み取ったのか、あやめ殿は、そんなのは当たり前だよね?と苦笑する。
「本来なら、代わってやりたいとか、今日は止めておこうかとか、言うんだろうけど…」
そう言って、私の額に張り付いた髪を整えて、私を見つめる。
「ごめん。痛くて、辛くて、どんなに俺を恨んでも、憎まれ事を言われたって、やめられそうにない。痛みを与えられる事にさえ、喜びを感じる。俺の与えるすべてに反応して、俺だけに意識を向けてるあなたが欲しくて欲しくてたまらないんだ」
整えた額に口づけが降りる。
だから、もう少しだけ無礼を許してくれないか?と、絞り出すような掠れた囁き声に、私は、言いようもない高揚感を感じ、こくりと頷いた。
そうして見せた笑顔は、まだ幼さの残るものだったとは絶対に伝えられないけれど、不思議と安心できた。

「やはり、全部は無理そうだな」
と呟くあやめ殿の言葉を、痛みの中で虚ろに聞く。もしかして、これでやめておくのか?と、あやめ殿を見る。
「いや、そういう意味じゃなくて。上手く言えないけど、とりあえず、少し動きを止めるから、息を整えて」
頷くこともできず、ただ深呼吸を試みる。
もう少しゆっくり吐いて、とか、言葉をかけてくれるあやめ殿の瞳をじっと見つめながら、痛みから意識を離そうとする。
けれど、どこか焦りを感じさせるあやめ殿の表情があった。
「辛いの?」
そう短く聞いたら、破顔される。
「まぁね。でも、あなたに比べたら、耐えられないものじゃない」
男の人も辛いのか?と、共感のようなものが胸に広がった。
「少し落ち着いた?」
「えぇ」
「じゃあ、いいかな?」
と聞かれても、一体これ以上何をどうするのか、何がいいのか、わかりそうにもなかったから、返事に困る。
「いいかなって、何さって話だよね?言い方が悪かったよ。えーと、このまま最後までいってしまうから」
苦情は、終わってからで、いい?と、言う彼に、私は頷くしかない。

調子を変え、腰が動く。
その動きに付いていけず、私は、あやめ殿にしがみつく。

痛い。
痛い。
痛い。
熱い息の中、それしか、考えられなかった。

しがみついた項から、自分ではない人の匂い。それすらも、私を煽る。
ぶちぶちと腰の動きにつれ、自分の体が裂かれているのではないかと思った。
なんで?なんのために?ここまでする必要があるのか?
そんなことさえ思ってしまった。

息さえできない動きに変わっていくにつれ、私は、痛みと激しさに思考を奪われ、ただひたすら出入りを繰り返すモノの感覚を感じていた。想像もしたことのない生き物のように、蠢き、気のせいでなければ、その大きさを増している。
くっぅ、とあやめ殿が声を漏らしたと思ったとき、下腹部に熱いほとばしりを感じる。
どどどどど、と私の胎にぶつかってはぜる、その感覚が妙に心地よかった。
熱い何かが私の胎に染み込んでいく感覚に、こんな場所が、私の体の中にあったのだと気付かされたわけでもあるのだけど。

あやめ殿は、私の体の上に覆い被さってなんだかとっても疲れたように見受けられた。
「あやめ殿?」
そう名前を呼ぶと、気だるげに唸って、私を見る。
「あぁ、ごめん。すぐ退く」
そう言って、体を起こす。
「抜くから、少し力を抜いてくれる?」
何を?と聞きかけて、意味を悟る。
さっきのように深呼吸をする。
ありがと、抜くよ、と短く告げて、ずるりと一気に抜かれる。
あやめ殿は気が抜けたように、私の傍らに倒れ込むようにして、横になった。
心底脱力したと言う感じに、なんだか、年上心が触発されて、乱れていた前髪を直してあげる。
「ありがと。…苦情を聞くよ」
「花嫁の務めを訴えたりなど、しません」
困ったように微笑んで、そう返すと、同じようにあやめ殿は苦笑した。
「辛くない?」
「…思っていたよりは」
「ごめん」
そうやって言って、見せた表情は、幸せそうな笑みで、罪悪感はどこ?って思えなくもない。けれど、本当に幸せそうで、私も笑ってしまった。
お互い濡れたままでいるわけにもいかないだろうと、湯でもと思い、体を起こす。
「どうしたの?」
と私の行動の意図を訪ねる。
「何か清めるものを用意します」
「俺が」
「いえ、大丈夫です」
と立ち上がりかけて、えっ?と私は、声を漏らしてしまう。
「どうした?」
慌てておき上がり、心配そうに私を支える。私は、返事もできずに、内腿を擦り合わせた。あまりの出来事に、失態をしてしまったのではないかと思うほど、じわりと内腿が濡れていくのを感じる。
「ああ」
その私の仕草に、あやめも殿は、合点がいったように表情を変えると、立ち上がり、何かを手に戻ってくる。
そして、何事でもないように、私の大腿に触れる。
「あやっ…」
「さっき俺が放ったやつが、降りてきてるんだよ。掻き出すから、少しじっとしてて」
有無を言わせぬ、手の動きで、あっという間に、私の中に二本の指をいれて、中をかき回すと、下に添えた懐紙で、溢れたものをぬぐいとる。
「こんなもんかな?」
「あの…」
「ごめん、不快?」
「いえ、申し訳ありませぬ。あやめ殿にお手間をおかけしてしまうなんて」
「大半は俺のだし、」
「あやめ殿…の?」
「うん。だから、気にしないでいいって」
そう言って、痛くなかった?とか、聞いてくるあやめ殿に返事ができない。
痛みは、それほどのものではなかったけれど、そんな正直に言えるはずもなかったし。なにより、さっきの、なんのことを言っているのか、わからなかった。
「あ…と?何が起きたか、わかってない?」
私の表情から読み取ったのか、あやめ殿は不思議そうに首をかしげてから、そう聞いてくるので、頷いた。
「まぁ、簡潔に言えば、さっきぬぐったのは子種だよ」
その言葉に、瞳を大きくする。顔も、熱い。
「ごめん、もう少しぼかしたほうがよかったか」
「いえ、よくわかりました」
「そう?」
「はい。ですが、あの…あやめ殿」
意を決して言う。あやめ殿は、私を不思議そうに見る。
「うん?」
「以後は、私が自らその…処理をしますので」
「え?あぁ、うん」
やはり、聞くのとやるのとでは、全然違うものだ。
話には聞いていたけれど、今一、ぴんと来ていなかったのだ。
最後は、流れてくる子種をさりげなく拭いてから、殿方の身を整えて、眠りにつきなさいと、乳母からもなんども言われていたのに。
そんなこと忘れてしまっていたし、何より、その子種がいかなるものなのか、想像もつかなかったから。
そうか、あれが、そうなのね。
そこまで考えて、ふと気づく。
どうして、あやめ殿は、それが子種とわかったのだろう。いや、わかったとしても、あの場面ですぐにそれだとどうして気づけたのか。
…知っていたのね。
お互いに初めてだと思ってたので、肩透かしを食らったような気分だ。
でも、今思い返せば、始終、あやめ殿から助言を受け、なにより、優しく扱ってもらっていたような気がする。
今まで、自分が受けてきた教育は?って、思うけれど、不思議なくらい、安堵した。
「俺が、しては不味いことだった?」
私の沈黙をどう捉えたのか、あやめ殿は、聞く。
「いえ。それほど、大層なことでもありません。少し、ビックリしたもので」
「ビックリ?」
「えぇ。怒らないで、聞いてくださいますか?」
「うん?」
「やはり、殿方なのだなと感じたのです」
「え?いまさら?」
「私の方が年上なのだから、全てにおいて、お支えしなくては、と、思っていたのです。」
「あぁ、そういうこと。」
「これは、あやめ殿だからではなく、護行殿でも同じことで、そのように教えられたのです。よほどの理由がなければ、年下の殿方に嫁ぐと言われてきましたから。」
「意外だった?」
「えぇ。ですが、あやめ殿は、花一揆だったのですから…少し考えれば、わかることですよね」
「花一揆は皆、そんなもんと思われてるのがなんだか、申し訳ないけれど」
「違うのですか?」
「えー…まあ、違わないけど。中には、本当に花一揆一筋な男もいる」
「一筋?」
「知らない?本来の花一揆は、殿の護衛と夜伽だったの」
「話には…ですが、高月殿は、女子を好まれると聞いています」
「高月殿はね。でも、花一揆もそうとは限らない」
じゃぁ、あやめ殿も?とは、聞けなかったが、口ほどにものを言っていたのだろう、あやめ殿は、苦笑する。
「俺は、花一揆の中でも、男とか女とかより、武芸に打ち込みたい部類に入ってたから」
「そうなのですか?」
白拍子のような艶があったあやめ殿の稚児姿を想像したまでは良かったが、とても武芸一筋と言うさまは思い描けず、頬が赤くなるのが分かる。あやめ殿も察したのだろう、苦笑して、残念ながら、さして男には興味ありませんよ、と付け加えられたから、そうですよね…と俯いた。
「でもね、俺のような、武芸ばかりに精を出す部類はね、花一揆じゃ、認められないんだよ」
「認められない?」
「うん。女も男も知らないで、人の機微がわかるわけがない、花一揆の名折れだってね。だから、おれのような部類は、早々に迫られる。男か女か」
「それで、選ばれたんですか?」
「うん。まぁ、一種の通過儀礼みたいなもんだよ」
「そうですか」
「もしかして、それも不味い?」
「いえ。少し肩の荷が降りました。この事に関しては、あまり自信がなかったものですから」
「そか」
そう言って、欠伸をするあやめ殿。ずっと大人びた振る舞いを見てきたから、こんな表情もするのかと微笑ましくなる。
「お湯を用意してきますね」
「俺は、このままでいいけど。気持ち悪い?」
首を振る。
確かに、汗をかいたが、正直、体がだるかったから、このまま寝てしまいたかった。
じゃぁ、このまま朝まで抱き締めても良い?と聞かれ、目をしばたかせた。
「そうするもの?」
恐る恐る聞くと、あやめ殿は、うーん、と視線を上に向けた。
「俺が、そうしたい?」
聞かれてもって思って、笑ってしまう。
「今、子供っぽいって思った?」
「かもしれませんね?」
酷いな、とあやめ殿は笑う。
以前は、こんな会話などできないと思っていた。
あやめ殿は本当にまだ若くて、私はずっと年上で。そういう話題をすると、あやめ殿は、決まって冷たい笑顔を張り付かせると気づいたから。
それを、私に対する憎しみや拒絶だと受け取っていた。
でも、違った。
今では、こんなにも笑顔が愛しい。
「じゃあ、寝ましょうか?」
って口にすると、
「そうしようか?」
って笑顔が返ってくる。
それがなんだか、幸せに感じた。 そうして、勢いよく寝転がったあやめ殿にあっという間に抱きすくめられて、びっくりしたけど、それさえも笑顔に変わる。
「兄者の分まで、幸せにするから」
そう言って、私の額に口づけを落とす。
何かの儀式みたいだなって思ったから、私も返礼のようにして、あやめ殿の額に口づけた。
「護行殿の分まで、あやめ殿を見守りますから」
その言葉に、あやめ殿は、眉根を寄せる。
「やっぱり、敵わないな」
と、呟いて、あやめ殿は、私を自分の腕に閉じ込めた。
鼻腔に広がる、あやめ殿の匂い。
そんなことが、分かる自分が少し恥ずかしかったけれど、嬉しかった。
もう一人じゃない。
そう思い目を閉じた。

■完■■■

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