戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲02■


出立の儀にて、家族と別れ、輿に揺られて何日かの宿場での事。
手紙が届いた。
まだ見ぬ人からの手紙だった。

慌ただしく決まった婚儀である上、両家の仲どころか、余呉の家のことにも関わる大事である。でも、私の輿入れを自分自身が一番嬉しく思う、と。
それは、この武家の婚儀の文としては、紋切り型とも思える文章だったけれど、その最後の一文。
北の海とは違うけれど、屋敷の向こうにはウミが見え、ウミ風も渡ってくる場所だ、と。
その一文に、私は心を少し和らげる事が出来た。
あと、父のような無骨な花押。
「行護殿」
差出人の名前をそっと口に出してみると、胸に暖かな気持ちが広がる。
少しばかり勇気を与えられ、私は、同じように紋切り型の麗句で書き始め、この宿場に無事付いた事、これからの道程を記し、先ほどの感情をそのままに書き綴ってみる事にした。
羽生殿、高月殿、その両方に思惑のある縁組みかもしれない。
でも、両親や兄弟は、私を笑顔で送り出してくれた。
その笑顔に恥じない祝言を挙げたい。

それから、また何日か、柏原の領国で、一番最初の宿場に着いた。
刀を持った青侍たちは、いくら祝言とは言え、他国に入れるわけではない。まして、今は、いつ戦が起こってもおかしくない状況である。
ここからは、同じような衣装をした、柏原からの護衛に守られて行く事になる。私に許されたのは、乳母の一人きり。話をした事もない父の配下の青侍とは言え、生まれ育ってきた場所が同じ者達である。彼等との別れは、故郷との別れを一層強くした。
決して涙を流したりはしなかったけれど。泣かずにすんだのは、あの手紙の一文があったからかもしれない。その手紙をしたためた人に会えるのだと言う期待が、私の涙を引っ込めた。

その宿場町でも、手紙が届く。
二度目だというのに、親しみを感じるようになったその文字に、そっと笑みを作る。

婚儀の用意は滞りなく済み、後は私を待つだけだ。婚儀には間に合わないかも知れないが、私の居室の前の庭に植えさせるように、私の故郷の産として名高い梅を京より取り寄せるよう手配した、とも。
その梅の名を読み、私は目を瞬かせた。
私の生まれた国は、梅の品種改良が盛んな国でもある。それは、その内の一種、紅梅の中でも、早咲きでその赤は鮮やかで、人目を惹く。どんなに雪が積もろうとも、己の色を咲かせるその紅梅が、私は好きだった。
機嫌取りの一つとしての配慮なのかもしれない。…でも、もしかして、私が、梅の中でも特にそれが好きだと知っての事?などと考えて、頬を染めてしまい、幼い女童のようで恥ずかしくなったが、寂しさが紛れた。

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