戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲03■


それから、輿に揺られる事、数日。柏原の城下に着く。
乳母の手を借り、外に出る。
そこにいたのは、数人の女性。
婚姻を受け容れたとは言え、敵国の者、と言う事だろうか。あの文は、やはり建前ばかりの麗句だったのかしら。心の動揺を抑えて、礼を取る。
「エツの国の一つ、栗谷が一女にございます。どうぞよしなにお願いします」
玉砂利に跪いた私の手に、女性の白い手が支えられる。
「遠路遙々よくいらっしゃいましたね。私は、柏原の政所。さぁ、礼は良いから、お立ちなさい。行護から、よくよくと言われているの、そのように跪かせたと聞いたら、あの子に何を言われる事か」
朗らかな女性の声だった。ありがとうございます、政所さまと、その手に導かれるように、私は立ち上がり、視線を合わせると、その女性、つまり、私の義母になる方は、にっこりと微笑んだ。
「母と呼んではくれないかしら?堅苦しいのは、嫌いなのよ」
「わかりました。お義母さま」
「まぁ、可愛い花嫁が来た事。娘がいないから、そう呼ばれるのが、憧れだったのよ」
私の手を取ったまま、とても上機嫌に、屋敷の中へ進んでいく。
敵国の花嫁を、義母が迎える?それって、一体、どういう状況なんだろう?と戸惑いながらも、敵対心ばかりを向けられているわけではないらしいと感じる。それにしても、人の気配が少ないのは、やはりこちらも戦支度で忙しいからなのか。幼い頃から感じて知っているその気配に、身を固くする。

通された座敷で、茶を頂きながら、お義母さまの笑顔を見守る。
「本当に、可愛らしい事。行護の反応が楽しみね。婚儀が決まってから、大騒ぎだったのよ。屋敷の事など見向きもしなかったのに、急にあれやこれやと注文を付けたりしてね」
あの文は、本当だったんだ、と、自然と笑みが零れた。
「まぁ、良い笑顔。あなたも、行護と同じ気持ちでいてくれたのね、嬉しいわ」
その言葉に、思い出す。
ここは、私の身を保障してくれる国ではないんだ。自分の言動が、いつ、自分の禍となるのか知れない場所。
「此度の事は、父より、重々言われております。柏原と栗谷の双方に泥を塗らぬ事、また、高月殿と羽生殿に恥を掻かせぬよう、励む所存にて」
「堅苦しいのは、嫌いと言ったでしょう?行護を大切にしてくれるの?してくれないの?」
気を悪くしたらしいお義母さまが、困ったように笑みを向けた。
この婚儀について、何か聞いていないのだろうか?それとも、ただ息子が大事なだけなんだろうか?何だろう、戦などは、殿方のするものだと割り切っているかのような反応に、私は、目を瞬くと、お義母さまは、うふふと笑みを零す。
「ごめんなさいね。あまりにも嬉しくて、つい、はしゃいでしまったわ。そうね、あなたは栗谷の娘だもの。戦々恐々よね。でも、安心なさい?少なくとも、私は、あなたをそんな理由で毛嫌いしたりはしないし、切り捨てたりもしない」

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