戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲05■


あぁ、そう言えば、文を渡すように言われていたのだったわ、とお義母さまが、文箱から一通の文を取り出す。
誰からか、などとは聞かなくても分かる。

座を辞して、すぐ文を見る。
お義母さまから話を聞いた所為かな?
手に持つだけで、頬が熱くなる。
私も、行護殿を心強く思うようになったんだろうか?…ううん、心強いと思ってる。
ゆっくりと文を開く。
宛名書は、急いで書いたのか、今までのそれより、乱れた筆跡だったけれど、粗雑さや乱暴さなど微塵も感じない。ただ急な戦仕度で、本当に時を惜しんでいたんだと、疑いもなく素直に思えた。

出迎えられない事を済まなく思う。
急なことだが、高月殿の命により、義父と共に北へ向かうことになった。
私が困らぬよう、気を悪くせぬよう、万事取り計らうよう、お義母さまにお願いしてあるから、遠慮せず頼って欲しい。
武士の使命とは言え、会えずにいることが、辛く、寂しい。一時でも早く帰れるよう、華やかな武功を持ち帰れるよう、努力する、と記されていた。

謝罪から始まった文に、行護殿の心遣いを感じて、また、胸が暖かくなる。
その気持ちを文にしたためて、考える。
行護殿は、戦に向かったのだ。文など送っては迷惑になる。
帰ってきたら、渡そうと、行護殿からの文と同様に文箱にしまった。

改めて、回りを見回す。
通された部屋には、見覚えのある調度品が並べられていた。父さま自慢の嫁入道具。私が好きな紅梅が入れられているのに、それを指示した父さまの笑みが浮かぶ。無理難題を職人に押しつけようとするその背中に、母さまが困ったように微笑み、助言を入れたりしたんだろうと思うと、懐かしくてつい涙が零れるけど、すぐさまぐっと拭った。花嫁が涙を見せるなんて、無礼だ。こんな素敵な贈り物を下さった有り難さに、感謝すべきだろう。
まだ、荷解きもしていない、雑然と置かれているそれらに触れてみる。
懐かしい故郷の香りがしたような気がした。

しかし、当然の事ながら、輿入れを待つ人がいなければ、当然することもない。だからと言って、私に自由などはあるはずもなく、一人でいることも、まして、一人で彷徨くことすらできなかった。お義母さまは、ああ仰ったけれど、柏原の人が全てそのように考えているとは思いにくい。心休まるような言葉は、そっと胸にしまって、ここは、敵国の柏原の館だと思うことにした。心強く思うのは、行護殿にお会いしてからでも遅くない。
戦況は、分からないが、和平の証の私が、柏原にいても、落ち着いていないからこそ、行護殿は、出向かったんだろう。
行護殿は、北に向かうと書かれていた。
北って?
ウミの国の北にある、高月殿寄りでない国へ向かったんだとすれば、それはどこかなど、考えるまでもない。
故郷の海と田畑に思いを馳せる。
どうか、戦場になっていませんように。
そして、行護殿が無事帰られますように。
念持仏にひたすら願う。

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