戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲06■


和平の証として、私はこの国に嫁ぐため、この地を踏んだ。
その三日後、私は二つの報せを耳にする。
二つなんて言うと、良い事と悪い事の二つだろうか?などと思うものだが、どちらも私を喜ばせるものではなかった。
あえて、良かったと思うとするのなら、ここ数年落ち着かなかった近国の情勢が固まった事だろうか?私の嫁入りの最大の理由が、解消されたのだ。肩の荷が降りたというものだろう。

そのために、私は生まれた国を失い、嫁ぐはずだった夫を亡くしたのだけれど。

これが、私にもたらされた二つの報せ。
悪いにしても、限度ってものがあるのではないかと思う。支払う代償がこんなに大きくては、喜ぶに喜べない。ううん、喜べるはずなんてない。
ただ呆然としたまま、私は、縁もゆかりもないに等しいこの柏原に留まることしかできなかった。元々両家の友好の証しとして嫁されることになったのだ。今となっては、何になる?行護殿と祝言さえ挙げてないのだ。子すら生んでない私に何の価値がある?
あるとすれば、私に流れる血。地方の郷士に過ぎない家では、たとえ私が傍系であっても、喉から手を出したくなるような血が、私には流れているらしい。人は、それを武威の血とか、覇者の血と呼ぶそうだけど、私はそんな気性を備えてはいない。
しかしながら、そんな考えを植え付けられてきたからだろうか?身寄りもないというのに、落ち着いて報せを耳にして、次の成り行きを待っている。なんとも、物を知らない娘だったのだ。

それから何日か。
義父となるはずだった男が、戦より戻り、嫡子を亡くした悲しみに塞ぐ妻を気遣うのも早々に、私の姿を見つける。
「故余呉殿の姪御か?」
私への認識を明確にするその言に嘲笑することなく、私は頷いた。
「惜しい事をした。まさかこのようなことになるとは…息子も心残りでなるまい」
「ご立派な最期であられたと。きっと本懐を遂げ満足されていると私は願っております」
私と彼の接点は、懐中に抱く三通の文。
顔を合わせた事もなければ、声を聞いた事もない。それでも、文の端々から感じた彼の人となり、そして、お義母さまからお聞きした様子、それは私の心を安んじたのだ。ただ書き綴られた文字や聞いた事からしか覗う事の出来ない私に言えるのは、そんな事くらい。
「どうしたものか…そなたを息子の形見にと柏原に留めるのは容易いが…それでは、まだ若い女子のそなたの身の上が可哀想でならない。とはいえ、祝言を挙げてないのだと、帰そうにも…のう」
私を気遣うようでいて、厄介者でしかなくなった私の処分に考え倦ねているのは、見て取れた。
私を余呉殿の姪御と言ってはいたが、その血を欲してと言うより、主の高月殿の意向だったのだな。柏原は、今は小国とはいえ、かつてはウミの国一帯をその手にした一族である。武威の血など必要ではないらしい。
「お忘れですか、父上。兄者とこの方の祝言は、高月殿のお口添えによるもの。祝言は挙げてないとは言え、輿入れされ今ここにおられるのです。おいそれと余所へなど高月殿が良い顔をされるとも思えません」
「むぅ…それはそうだが」
私のすぐ左手、下座とも言って等しい位置にいて、端役に見えた者が口を開く。内容や物言いからして、行護殿の弟御のようだ。
不躾にならない程度に、視線をそっとそちらに向ける。

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