戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲09■

※前半、残酷と思われる描写が入る為、苦手な方は、*と*の間は、読み飛ばしてください。

あやめ殿は、行護殿の葬儀が済むと予定通りすぐに京へと発った。

行護殿を憚って、父たちの葬儀は、その後に行われる事になっていて、あやめ殿は、私の生家の弔いだから、夫になる者として出席すると言葉をかけてくれたのだけれど、断った。高月殿の許可を得ているとは言え、栗谷は先の戦の敵。生き残りの私一人で行うべきだと思ったから。それに、今後は柏原の嫁として生きていくのだから、栗谷の事について、あやめ殿にも、柏原にも、どんな迷惑を掛けてもいけない。

*****
生家が焼け落ち、家族が死んだと告げられても、それは耳にするだけの事で、まさか、と言う思いが強かった私。でも、戦の前に家臣に預けられた父と兄たちの遺髪と、実検を受けた上の兄の首級と荼毘に付された遺骨が、私の許に届き、現実だと知る。そして、父と下の兄は、討ち取られる事を厭い、燃える本丸の中で自刃したため、遺骨さえも見つからず、母も、父と共に最期を迎えたと聞かされた。お義姉さま、下の兄の妻に当たる方からの文には、母は、落ち延びよと言う父の説得にも応じず、自ら命を絶たれた。お救いできず申し訳ない、と記されていたから、悔やまれる。どうして、生き延びてくださらなかったのか、私がいれば何か変わったのではと思うけど、父に何かあれば、母も共に、と幼い頃から仰っていたのを知っているので、私がいたところで、何も変わらなかったのだろうが、どうして、なぜ、と疑問を投げかける。
親が子の生死を知らず、子も親の生死を知らないのが、戦国の常、と言う言葉を今、身を以て知った。

位牌の前に、それぞれの思い出の品を供える。
嫁入りにと、普段使いの物を下げて頂いたものばかり。どれも、故郷を懐かしむのに時々そっと手に取り見返すはずだった物なのに、こうして、供えるために行李から出すとは思いもしなかった。
*****

涙に暮れていると聞いたお義母さまを訪ねる。
あんなにあっけらかんとしていたお義母さまが、行護殿の報せを聞いて、あのように泣き崩れる様を誰が想像できたろう?
何と言葉をお掛けしようかと悩みつつ、部屋に入ると、予想に反して、お義母さまは笑顔で迎えてくれた。目は腫らしていたけれど、初めてお会いした時のような人なつっこい笑みだった。
「その表情は、泣いて手を付けられなかったらどうしようか、と思っていたわね」
「…はい。行護殿の葬儀でのお義母さまは、とてもお労しく見受けられましたから」
思っていたことを言い当てられて否定しようかと思ったけれど、思い直す。
お義母さまは、苦笑した。
「子を失う痛みがどのようなものか、知らなかったのよ。何年分の涙を流すつもりなのかしら?」
そう言って、懐紙を目元に寄せた。やはり泣き暮らしていると言うのは、嘘ではなかったらしい。笑顔が、痛ましく感じられる。
「お義母さま、また日を改めます」
「良いのよ。四十九日までは、涙は出るに任せると決めているの。だって、長男を失ったのよ?悲しくて、辛くて、まるで半身を切り裂かれたかのような痛みがあるのは、当然でしょう?でも、いつまでも泣いてはいられないし、涙も我慢するよりは、出し切ってしまった方が、早く止まると思うのよね」
「お義母さまは、お強いですね」
「あら。強くないから、泣くのよ?」
「でも、前向きです」
「ありがとう。でも、そんな風にでも考えないと、体を壊すわ」
だから、あなたも泣きなさい、と静かに言われて、私は、きょとんとお義母さまを見つめ返した。
「自分は平気、なんて顔してるのよね。でも、平気なわけないでしょう?」
「武家の娘に生まれたのです。覚悟はできていました」
「覚悟など、何の足しにもならないって気付かされているのでしょう?ここは他家で、弱いところを見せるべきじゃないとか思う必要はないのよ。大丈夫、私が付いているから」
そう言って、お義母さまは、私の頬を拭った。
知らぬ間に、涙が流れていたらしい。良い子ね、と優しい声がする。
目を閉じて、その声に耳を傾ければ、懐かしい母さまが思い出される。
もういない。どこにもいない。母さまも、父さまも、兄さま達も…みんな、いない。
悲しい。寂しい。辛い。
その思いが胸を苦しめ、心を苛む。
だから、泣いてもいいんだ、と、素直に思えた。
だって、ここには、お義母さまがいる。私は、一人じゃない。
それから、私は泣き疲れて眠るまで、泣いて、泣いて、泣いた。

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