戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲10■


こうして柏原の館にいて、色々雑事に追われていると、不思議な気持ちになる。
私の家族は生きていて、まだ少し馴染めない私を心配しているのではないか?あと数日もしたら、ふと手紙でも届くのではないか?
そんな風に考えてしまうのだ。
現実として受け止められていない証拠なのかもしれないけど。そんな心が塞ぐ時、決まってあの梅の木を見るようになったのはいつの頃からか。

行護殿の葬儀が落ち着いた、2日後だろうか?朝のお勤めを済ませて、部屋に戻る廊下で見たその枝振りは、晩秋ではあったが、その春を想像するに立派なものであった。名が知れるだけあり、値もはったはず…。そんな心遣いに今また心が温かくなる。
約束の紅梅。
心の中でそんな風に呼んでいる。その約束の紅梅を見るだけで、あの優しさを思いだし、泣きそうになる気持ちが安らぎ、故郷のことすら楽しいものとして思い出せる。
「そのような薄着では、風邪を召されますよ」
暖かな綿入りの衣を肩に掛けられて、声の相手の方に振り返る。
「あやめ…殿?」
「えぇ。ほんの少しの間に僕のことなど忘れてしまいましたか?」
「いえ…ご衣装など、様変わりされたもので見違えてしまいました。戻っていらしてたんですね」
その実、あやめ殿は未だ稚児衣装のままだったのだが、花一揆特有の華やかさを持つ衣装ではなく、武家の子弟に相応しい元服前の出で立ちに変わっていたのだ。やはり化粧をしていたらしく、目元や頬は少年の持つそれで、今のあやめ殿は年相応の童子に見える。あの時は思い返してみても、白拍子かと思うほどの艶やかさがあったと思う。
「はい、先頃。もう花一揆ではありませんから。あのような姿でいては、お叱りを受けます」
「よくお似合いでしたよ。京の者のようで、すごく華やかで、まるで白拍子のようでした」
確か、花一揆は、白拍子と対で、そう褒めることが、一種の世辞であったはず。変わらない艶やかな黒い瞳の色を見つめれば、ふいに逸らされてしまった。
「取るに足らぬ身でしたが、高月殿のご指導の賜物でしょうね。…兎に角、風邪など引いたりなさらないでください。もう木枯らしの吹く季節です」
逸らされた視線と同じように、告げられる言葉に冷たさを感じるのは気のせいだろうか。
「はい…すいません。気をつけます」
「では、僕はこれで」
何か気に障ることをしてしまっただろうか?もしかして、花一揆をやめたくはなかったのかしら?
それだったら、似合ってたなどと言ってしまっては、嬉しい言葉ではないわね。
でも、今の稚児衣装も似合っている。
あれが、柏原の家の子弟が着る衣装だったのかしら?行護殿も、あのような衣装を着て、この屋敷を歩いたのかしら?
あんな風にまっすぐに威風堂々と。濃紺の背中を目で追う。
掛けられた綿入りは、彼の名のような鮮やかで爽やかな香りがした。

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