戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲11■



「僕への挨拶などせず、ご家族の供養に時間をかけてください」
祝言を挙げるまでは、客として扱うと言う事で、私は始めに用意された部屋ではなく、客殿で生活してはいるものの、せめて朝の挨拶だけはきちんとしようと、朝食を摂るあやめ殿を伺うとそのように返されて、私は目を瞬かせる。
あやめ殿は、優しい男の子だ。そして、気働きがこれでもかってくらい良くできる。さすがは、元、花一揆。諸大名に引けをとらないと言う噂は伊達ではない。
朝の挨拶など当然って思ってもいいだろうに、一体、いくつの子ができる配慮だろう?これで、私よりいくつ下なんだっけ?…呆れられないようにしなくては。
「そう言うわけにも参りません。祝言はまだですが、あやめ殿は私の夫君にございます。朝の挨拶を欠かしたとあれば、亡き父母にも申し訳がたちません」
「そうですか。義父母殿方のためと言うのでしたら」
「お許し、ありがとうございます」
そう言って、頭を下げる。
確かに、花嫁の教育として、夫への挨拶を欠かすなとは言われてきたが、どう付き合っていくべきなのか、まだ判断がついていないのも、心中なので。
そもそも、いまだに、どうして、私を嫁になどと言ってくれたのか、皆目検討もつかないのだ。だから、まぁ、簡単に言えば、話題に困る。
「ここには、慣れてきましたか?」
「はい。お陰さまで、良くしていただいております。供養の件も、どうお礼申し上げて良いのか」
「お気になさらず」
「ですが、本当に良いのでしょうか?高月殿の許可を頂いているとは言え、何かの折に、ご不興を買いかねないのでは?」
「栗谷殿は、京でも、その名を耳にするお方でした。ご報告をした際に、高月殿も、今回の事については、惜しいことをしたと、仰ってましたから、心配は無用ですよ」
高月殿が、父さまを惜しいと言った?
まるで、今回の戦を外から見ていて、関わりのないものであったとでもいうような印象に、胸がざわつく。
栗谷の家を燃やしたのは、誰だ。
「やはり、供養などと余計なお世話でしたか?」
「え?」
「悲しみの涙とも思えないので」
そう言って、あやめ殿は、懐紙を差し出す。
私、泣いてた?
頂いた懐紙で、目許を押さえれば、たしかに涙だった。
「すみません。あやめ殿には、感謝しております。ご厚意を頂くばかりで、申し訳なく思うほどなのです」
では、なぜ泣くのか?と、菖蒲殿の瞳は、物を言う。
そして、涙が、私の口を軽くする。
「菖蒲殿は、花一揆だったのですよね?」
花一揆とは、元々、京の初代将軍の擁した若者で編成された親衛隊のことであり、その後は、将軍に関わらず、諸大名のそれもさすようになったのだが、当代では、高月殿のものが、随一と称され、代名詞ともなっている。
「はい、末席ですが。それが、どうか?」
「では、此度の戦の顛末を、あやめ殿は、高月殿のお側で見てきたのですか?」
「全て、とは、いきませんが」
「お側にいたのなら、ご存じですか?私は、高月殿が、父の死を悔やまれる理由がわからないのです」
しっかりと視線を合わせてそう告げる。
なんて嫌味っぽい言い方だろう。
ああ、まだ私は、栗谷の人間なのね。こんなにも、父や母、家族をなくした憎しみに溢れてる。
「すみません。配慮が足りませんでした。気分を害されたことでしょう」
「いえ、こちらこそ、ただの当て付けです。あやめ殿は、何も悪くありません」
そうだ、あやめ殿には、何の落ち度もない。まして、責める相手でもない。こんな風に感情をあらわにしたところで、誰も喜んでなどくれない。むしろ、栗谷の不名誉だ。
敵国へ嫁した武家の娘として、最低の振る舞いじゃないかと思うと、取り乱した自分が情けなくて、また涙が出る。
涙は出るに任せた方が、泣き止むのも早いと言うお義母さまの言葉を思い出す。出し切ってしまおう。
「朝から取り乱して、申し訳ありません。お時間をとらせました、これで、失礼します」
涙を一拭きして、頭を下げて、礼を糺して言ってみるけど、生憎、声は震えてる。でも、これ以上の醜態は見せたくはなかった。
あやめ殿の返事を待たずに、駆け込むようにして、父達の位牌の前に座る。
父達への読経も、涙ににじむ。
私にとって、栗谷は生国で、家族だ。惜しいことをした、で済まされる程の事には思えない。
本当に、あの戦は必要だったのか?もっと良い解決方法があったんじゃないのか?
武士の娘として、武威を否定するなど、自分の存在自体の否定とも思えるけれど、人を殺して、沢山の命を奪って、それで物事を推し進めようとする武士の考え方が憎らしく思える。武士、なんて曖昧なものじゃない、高月殿が憎い。恨めしい。
私から全てを奪った高月殿を憎まずにいられる程、私はおおらかでなかったようだ。
人質として、この地にやってきたはずなのに、どうして、私一人ここで生き長らえているのか。
私がここに来た意味あったのかな?
行護殿がいらしたら、こんな風に考えたのかな?
懐の手紙を握りしめて、頭の中にあるありったけの恨み辛みを涙に変える。

気付けば、あの紅梅の前にいた。
「今年は、咲かないかしら?」
植え替えてすぐは、花目がつきにくい。そう庭師達が言っていた。
でも、一輪でもいい。
あの真っ赤な花を見たいと思った。
故郷がもうないなんて、想像がつかなかった。

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