戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲15■


行護殿への弔いをしに行くと、お義母さまがいた。

「大分、表情が軽やかになってきたわね」
にこり、と笑ったお義母さまの方が、まだ痛わしく思えるほどだった。
「はい。お義母さまのご助言のお陰で、この通り、心穏やかに過ごせるようになりました」
お義母さまに慰められて泣いて以来、私は、泣くことを堪えなくなった。すると、不思議なくらい、悲しい気持ちも抜けていって、今では、きちんと父達の死を受け入れられている。
特に、あやめ殿と紅梅の話をした時以来、日に涙を流す時が減っていった。相変わらず、高月殿は憎いけれど、それで流れてくる涙は、もう少なくなっていた。
「お義母さまも、早く穏やかに暮らせますよう、行護殿にお願いせねばなりませんね」
「涙の根元に願ってどうするの?」
「お義母さまの夢に現れてくださるように、とお願いします。そうしたら、お義母さまは、夢の中だけでも、行護殿を思い忍べます」
そうね、と言ってお義母さまは、目元を押さえた。
「行護も幸せね。こんな風に思ってくれる花嫁がいて」
私は一体何のために、行護殿の供養をしているのだろう?
夫となるはずの方だったから?
文を握りしめる。
「それ、いつも持って供養しているのね」
お義母さまが、文を指し示す。 「ずっと、経典なのかと思っていたけれど。見覚えのある筆跡だわ」
「はい。…この三通の文が、私が護行殿に嫁すはずだった証しのようなものですから。特に意味はないんですけれど、お参りする時にはそれを思い出すんです」
「本当に、あの子は果報者よね」
「え?」
「だって、そうでしょう?そんな風に文を大事にしてもらえるなんて。あの子は、戦の思惑抜きに、あなたを嫁に迎えられることを、素直に喜んでいたのよ。高月殿の意志が分からないはずなかったのに。そんなのは全然関係ないみたいで、本当に嬉しそうだったの」
「えぇ。私もお会いしてみたかったです」
「あなたも、あの縁談が嬉しかった?」
「最初は、栗原の娘としての務めだと思っていました。でも、文を頂く度に、嫁ぐ先が護行殿で良かったと感じるようになったのは事実です」
いつ戦況が変わるか知れないそんな時の輿入れだった。それも、敵対する家への。もし、戦が始まろうとも、私は心を乱すことなく帰りを待てる、そんな殿方だと思ったのだ。
でも、行護殿は、もういない。亡くなった人に対して、いつまでも情を抱いていても、何一つ良い事なんてないはずだ。でも、私は、会えなかった事に、嫁げなかった事を、残念だとおもっているのだろうか。嫁ぐ相手なんて、誰でも良いのではなかったのか、と自分を叱咤する。
頂いた文などを、いつまでも残しておくから、こんな風にくよくよ悩むんだろうか?でも、捨てる気になどなれなかった。
けれど、私は、あやめ殿の妻になるわけで、祝言を挙げていないとは言え、私の今の言葉は、あやめ殿の母でもあるお義母さまにとっては、あまり気分の良いものではないはず。
「ですが、それ以上に、もし、あやめ殿が妻にと提案してくれなかったら、と思うと、あやめ殿には感謝してもしきれません」
「あやめに遠慮しなくていいのよ。行護を悪く言うならともかく、思ってくれていると知れば、それだけで、あやめは好意的に見てくれるわ」
「仲の良いご兄弟だったそうですね」
「そうね。同腹だったから、行護殿によく懐いていてね、面立ちも振る舞いも…よく似てるわ。久しぶりに会って、驚いた。本当にそっくりなんだもの」
「お義母さまが、そう思われるのなら、本当に似ていらっしゃるのでしょうね」
「見た目だけの話だけれどね。それで、あやめとは、どう?」
唐突にそう聞かれて、私は言葉に詰まった。
どう、とは、どういうことか。思ってもみない話題に、驚いて目を見張り、お義母さまを見ると、にこりと笑みが返される。
「上手くやれそう?」
「そうですね…よくしていただいてます」
「あの子、小さい頃から卒がないから、逆に心配なのよね」
卒がないのに、心配って?
まぁ、確かに、ちょっと構えちゃうから、そういうことかな?
「あやめ殿は、とてもお優しい方だと思います。私も、そのように接していけたらと感じています」
「優しいだけの男なんて、つまらなくない?」
確かにそうです、とは、言えない。
「私には…何とも」
「まぁ、良いわ。喪が開けるわけだし、そろそろ、心の準備が要るわね」
喪が開けて、心の準備が要る。
もうそんなに経ったのか。
喪に浸るばかりで、その先の事など考える時もなかった。

母屋への渡廊に差し掛かると、流鏑馬の音が聞こえてくる。
軽快な調子で射られているらしい矢は、小気味良い音をたてていたから、知らず知らずに、足がそちらへ向いた。

≫次へ■■■

inserted by FC2 system