戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲17■


「敵味方ほど、曖昧な関係はないですからね。その点、武芸は、誰の目にも明らかなものでしょう?」
と、俺が言うと、彼女は、大きく瞳を見開いて、瞬間、眉根を寄せた表情は、どこか寂しげなもので、驚かされる。
また、気に障ることでも言ってしまっただろうか?と思ったら、春一番を思わせる強い風が、射場を吹き抜けた。
その時、彼女の手元から、ひらりと紙が舞う。それを、俺は拾い上げた。
恐らく、いつも手にしている兄者からの文だろう、と思っていたから、何気なく、視線をやった先の宛名を見て、心拍数が一気に上がった。
「兄者宛の手紙ですか?」
そう口にして、彼女に渡す。
詮索するなんて、男としてどうなのさ?って、思うけど、聞かずにいられなかった。
当然、彼女は、俺を見て、苦笑する。
「行護殿から頂いた三通目の文への返事です。戦場について深く考えず、書いてしまって、でも、送るわけにもいかず…お帰りになった時にでも、お渡ししようと思っていたんです」
渡せなかった文を、こうして、捨てずに持っている。その事が、示すものは、何?
兄者からの文も、その返事の文も、捨ててない。でも、きっと捨てられないのは、文じゃなくて、兄者への思いだ。 現実を突きつけられた気分だ。
今まで、漠然としていたものが、一気にしっかりとした形となって、俺に突き付けられる。渡せない文を捨てずに持っている、なんて…兄者を思ってるから、としか思えない。
「結局、渡せなくて…でも、いつまでもとっておいても、仕方ないですよね?」
「いえ、それくらいあなたにとって、大切なものだと言うことでしょう」
「渡せなかったのが、悔いなだけですよ。でも、私の只の自己満足でしかないですけど…焼香と共に燃やせば、行護殿に届くかもしれませんよね?」
会話をすることも、笑い合うこともできないから、死者なのだ。そんな者のために何をしようが、結局、自己満足でしかない。でも、死者に思いが通じなくたって、死者は、残された人たちの悲しみが癒される事を望んでいるのだから、自己満足にせよ、残された側の心が安らぐのだとすれば、それは、死者にとっても、幸いなんだろう。彼女のやろうとしていることは、自己満足なだけではないと言うことだ。
「自己満足なんかじゃないですよ。きっと兄者も喜びます」
俺が同調したのが嬉しかったんだろうか、
「あやめ殿も、書きませんか?」
「書く?」
「行護殿への文です」
そう手短に答えると、お義母さまにも伝えてきますねと足早に去って行った。

兄者への文?
それは、決して返事が期待できない文。
不毛だな、と思うけれど、考えてみれば、俺が返事を書く番だ。
それを書いたら、兄者の死を受け入れられる?
伝えたいこと、一緒にしたかったこと、些細なことまで、たくさんある。

兄者。俺は、どうしたら良い?
兄者の大切な人に、どんな思いを向けたら良いんだ?

≫次へ■■■

inserted by FC2 system