戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲19■


あやめ殿は強い視線を向けると、立ち上がり、一言も発することなく、その場を去って行った。
その背中に掛ける言葉などなかったし、そんな余力もない私は、もう一度、確かめるように、手中の端布を見つめる。
やはり、どう見ても、お母さまがお気に入りだった、秋色の錦の袿に違いなかった。見慣れた柄が、涙を誘う。
そして、告げられた真実は、じわりじわりと私の思考を占めていく。
これは、行護殿からのもの。
武士として、妻の故郷を守ろうとしてくれた?
そのために、行護殿は、隊を離れたの?
お母さまの形見を、行護殿が届けようとしてくれた。
それは、危険なことではなかったの?
ううん、危険だったから、行護殿は…。
…私のせい?
そうなのね。
渦を巻いていた思考のなかに、すとん、と落ちてきた考えは、あっという間に私の心を痛め付けた。
父たちを殺したのは、高月殿だ。でも、行護殿を殺したのは、私だったのだ。戦があったから、ではない、戦の中わざわざ危険を冒したから、行護殿は亡くなられた。敵である私の家族を案じる事が、どれ程危険なことなのか、戦を知らない私にだって容易に想像がつく。

去り際のあやめ殿の瞳を思い出す。
あんな瞳で見つめられたことなんてなかった。あんな…暗くて冷たい色。
まるで、瞳で人を射殺さんばかりの強さがそこにはあった。ううん、視線で殺せたらと考えたに違いない。
それくらい、あやめ殿は、私を憎んでいる。私さえいなかったらと、思っているのだろう。私だって、同じ立場なら、そう思う。その人が直接手を下したわけでもないけれど、恨まずに、悪くないなどとは、思えない。だから、私は、高月殿が憎いのだ。あやめ殿も、同じように考えているんだろうな。
でも、なんて皮肉なのかな?
あやめ殿への気持ちに気付いたその日に、その思いが叶いっこないって知らされるなんて。

行護殿を死に追いやった、その罰なのかしら。

でも、どうして、急にあのような形で手渡されたのか、私は分からずに戸惑う。
妻に、と言う言葉への感謝を述べたつもりだったのに、それさえも聞くに堪えなかったって事かな。だとしたら、悲しすぎるけど。

お母さま、私は、どうしたらいい?
どうしたら、お母さま達の望まれたように、過ごせるのかしら?
もう一度、渡された端布を見つめ、お母さまの生き様を思い描く。
生家のために、婚家で何をすべきか、よく考えなさい、と言っていたけれど、お父さまを見つめるその瞳は、ひどく優しく穏やかだった。最期を共にしたいと望まれるほど、お父さまを思っていたお母さま。
それは、私にとって、武家の花嫁そのものに思えた。

そうなるのなら、あやめ殿の妻として、と思った。

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