戦国の花嫁■■■最果ての花嫁01■


武士がまだ、もののふ、と呼ばれていた頃、坂東のさらに奥、ムツと呼ばれる国の話。

ムツは、人の住む最果ての地。その向こうには、エミシが住むエゾが広がっている。定住を好まず、獣を狩り、木の実を採る。そんな暮らしをするエミシは、農耕を営むムツの人々にとっては、理解しがたい者達だった。
玉敷の都、京の人にとっては、それ以上に理解しがたい存在で、いつしか、制すべき蛮族となってしまった。時には、穏和に懐柔してみたり、時には、激しく戦闘してみたり。
今は、まさに戦闘を挑んでいる最中だった。

「左へ回れ!逃がすな」
ムツの大将が叫ぶ。
武器の扱いが上手いエゾの民ではあったが、多勢に無勢では、策の立てようもなかったのか、一合するやいなや、陣は総崩れになり、ムツ軍は一気におったて始める。

そんな中、一騎討ちをしている男達がいた。長い沈黙を破ったのは、ムツの者で、あっという間に組かかり、エミシの自由を奪った。
組敷かれた者は諦めたのか、体から力を抜き、投降の意を示す。男は、隠し持った武器がないかを確認しようとした手を止めた。
「…おかしいと思ったんだ」
そう呟き、相手を立ち上がらせ、頭巾を外した。現れたのは、エゾ独特の結い方の長い髪をした小柄なエミシだった。まだ幼さを残す顔立ちで、少し茶味を帯びた大きな瞳を瞬かせる。
エミシの方は、男の発した言葉を反芻し、何がおかしいのだ、とでも言うような視線を男に向ける。
「どんな理由か知らないけれど、ここは女子の来る場所ではないよ」
その言葉に、エミシは、はっと体に緊張を走らせる。
「なんでわかった?」
「長年の勘かな。男を組敷くことほど、嫌なものはないからさ。その嫌悪感がなかったって言うのが、第一感。あとは、少し触れば、わかるよ」
「そんなことでわかるものなの?」
と小声で呟いて、少し距離を置く。
「なぜ、こんな場所へ?」
「弟が、怪我をしたの。でも、兵役は免除されるものではないから、その代わりよ」
「エミシの軍には、女子がいるなんて、初耳なんだけど」
「そうね。大将は、きっと私のこと、弟だと思っているわ」
「無茶なことをするもんだ」
「それほど無茶でもないわ。弟と私は、よく似てるから」
「そういうことじゃなく、戦でいきり立つ男達のなかでよく無事だったってことだよ」
「弟だと思ってるんだもの、平気よ」
平気なものか、と続けようとした口を閉じると、男は、後ろに視線を向ける。
馬の駆ける音。
「なるべく素顔をさらさないでおくんだ。ムツに捕まったエミシの娘がどうなるか、知っているだろ?」
「…わかった」
娘は、神妙な顔をして、深く頷くと、頭巾をかぶり直した。
馬はやはりこちらに向かって来ていて、四頭の騎馬が止まった。
「どこに行ったかと思えば、こんなとこにいたのか」
馬から軽やかに降り立つと、髭を蓄えたムツの男が口を開いた。
「どんな感じ?」
「そいつで最後。ざっと、10人ってとこかな」
娘に向かって伸ばした手を、男が遮る。
「どうした?」
「いや…」
男は、あー、と低い声で唸ると、頭をがしがしと掻く。
「そいつは、いい」
「いい…と言うと?」
髭の男は、ますます分からんとばかりに、首を傾げる。
「俺が、監視するってこと」
その言葉に驚いたのは、髭の男だけでなく、その場にいた全員だった。

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