戦国の花嫁■■■最果ての花嫁07■


思いを交わしあったその翌日。
「祝言を上げよう」
と、何の脈絡もなく、唐突に、男は言った。娘は、目を瞬かせる。
「なんでそんな…」
「早く名前を呼びたいからさ」
「そんなこと。私は、エゾの捕虜なのよ」
「だからなに?」
「ムツの領主が、許すはずないってことよ」
「ムツの領主が、許せば、良いって事?」
「許すはずないわよ」
「なんでさ」
「捕虜だから」
「分かった。まず、捕虜を解消するようにしてみようか」
「ていうか、急すぎて着いていけないんですけど」
「悪いね。こうと決めたら、進まずにいられない質なんだ。ちょっと、領主に了解を得てくるから、待っててよ」 待つこと暫し、戻ってきたのは、男だけだった。
「あれ?領主は?」
「領主に一任されたから」
「え、儀郷くんが、するの?」
「何しろ、俺の花嫁にするんだから、俺が判断したって構わないだろ?」
「公正に判断できるのかしら?」
「さてね」
じゃぁ始めようか、と男は軽い調子で言った。
「不作で、年貢を納められない場合、どうする?」
「そうね…一年分食べられるだけを残して、あとは年貢として納めるわ」
「じゃぁ、その足りない分はどうするんだい?」
「国庫というのが、ムツにはあると聞いたわ。そこから、補えばいいでしょう?」
「減った国庫はどうするんだい?」
「どのみち、食べられるものがない人たちへ配るものでしょう?」
「なるほど」

「じゃぁ、次だね。捕虜は、どうするべきだと思う?」
「帰化したい人はすれば良いと思うわ」
「どうして?」
「ムツの暮らしは、豊かだもの」
「豊か?」
「畑や田んぼがあるでしょう?」
「それが、豊かさ?」
「うん。魚を獲ることだったら、エミシの方が上手だと思うの。でも、お腹一杯食べられるのは、ムツの人たちの方が多いんじゃないかしら」

「さて、姫君が言ったことを総合的に判断するとしようか」
「これだけで判断するの?」
「もっと質問漬けにされたい?」
「ううん、もう十分」
「そうだね…姫君は、ムツに対して特に偏見を持つことなく、反感するでもない。優良な捕虜であるに相違がない」
「つまり?」
「その身を解放し、望むなら、帰化を許そう」
てっきり、帰化しますと返ってくると思っていた男は、娘の押し黙った表情に拍子抜けをした。
「どうした?」
「帰化するってことは、儀郷くんと一緒に暮らしてくことで、母さんたちとは離れ離れになるってことでもあるんだよね」
「そんなことないさ。家族も連れて来れば良いよ」
「母さんは、きっと来ない」
「どうして?」
「父さんは、ムツとの戦で死んだの」
「じゃぁ、姫君もムツを恨んでる?」
「父さんが死んだのは、私が三歳の時だもの。覚えてないから、母さんほど感情的にはなれない」
「そっか」
「でも、不思議ね」
「何が?」
「ムツの人はこんなにも優しいのに、どうして戦などし合ってるのかしら」
「さぁてね。争い会うのは、人の性なのかもしれないな。でも、戦をしたからこそ、姫君に出会えたんだ。俺は、戦に感謝するよ」
そうね、と娘は呟くと、少し考えるようにして、遠くを見つめると、ねえ、他の捕虜に会いたいと言った。
男は、なぜと問い返すわけでもなく、わかったと頷くと、娘の手を握り、歩き始めた。

「ミズキ」
捕虜の小屋に辿り着いてすぐ、知り合いを見つけたのか、娘は、声をかける。かけられた男は、振り替えると、驚いた表情に変わった。
「エンジュ?どうしてここに?」
「アズサの代わり。アズサ、猟で大ケガしたでしょ」
「そうか。おかしいと思ったんだ。あの怪我でよく歩けるなと」
「うん」
「怪我とかしなかったか?ひどいことされなかったか?」
「うん、大丈夫。この人が、守ってくれたから」
「そうか」
「ミズキは、エゾに帰るんだよね?」
「あぁ。エンジュは?」
「残ることにしたよ」
「この男が、その理由?」
「…うん。だから、ミズキ、伝えて欲しいんだ」
「わかった」
短い言葉を告げると、娘は礼を言って、捕虜の小屋から出ていった。
二三歩進んだところで、娘は、堪えきれず涙を流した。男は、震える娘を両の腕でしっかと抱き締める。
「俺が守るから」
と、強い決意の下、そっと囁くのであった。

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