戦国の花嫁■■■最果ての花嫁09■


「母上、この女子が、ようやく見つけた俺の花嫁。三国一の働き者だ」
「何が三国一ですか。どこの生まれともはっきりしないと聞いていますよ」
「生まれなど関係ないね」
「関係ないわけないでしょう?我が家は、田原の一門なのですよ」
「もののふが誇るのは、血筋ではなく、武勲だよ」
「せんないことを」
「母上こそ、なにも知らないのに、どうしてダメだとわかるんだよ」
「なにも知らない?では、聞こうか?そなた、どこの生まれぞ?」
向けられた視線は、般若のようだったが、娘は顔色一つ変えることなく、視線を返した。
「エゾの生まれにございます」
「なんと!エゾの生まれとは」
「どこだって、気に入らないんだろ。母上が認めるのは、母上が選んだ女子だけだ」
「わかっているなら、なぜそうしないのです?」
「俺だって、もう大人だ。人の良し悪しだって判断できる」
「お前がもう立派な大人だと言うのは、母も十分わかっています。でも、気にかけてしまうのは、親心と言うもの」
「なら、公正な眼で判断してほしいね」
「気に入ったのなら、妾にでもすればよいでしょう。正室になどして、世間から何を言われることか」
「妾などにできるわけないだろ。そんな程度の女子じゃない」
「世間ではその程度の女子だと、なぜ気付かないのです」
「いくら母上でも、それは言いすぎだ。俺の女を侮辱するのは、許さない」
一層声を荒らげ、男は、母親に鋭い視線を向けた。母親は、ひどく驚いた表情をして、ため息を吐いた。
「そなたは、夫となる男が、世間から奇異の眼で見られることに耐えられるか?」
矛先を変えられ、娘は考える。
男が中傷される、その様を娘は想像する。
「あまり気分の良いものとは言えません。でも、そう言うこと、全部承知の上で、儀郷くんは私を選んだと思います。私も、その覚悟はできてるつもりです」
「覚悟とな。ムツを知らぬそなたにどんな覚悟ができると言うか」
「ムツの事は知りません。でも、儀郷くんを思う気持ちは誰にも劣りません」
「ムツの領主の妻は、好いた腫れたで決まるものではないわ」
「私には儀郷くんを思う気持ちしかありません。でも、そう言う私をと望んだのは、他でもない儀郷くんです。確かに、私は得体の知れない馬の骨かも知れませんが、そんな私を選んだのは、他でもないお義母さまのご自慢の息子殿。お義母さまは、ご自分の息子を信じられないと仰るのですか?」

娘の息を継がせず言った言葉に、母親は、ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、ははは、と周囲を気にしないで、突然笑い始めた。その姿に、娘は、目を瞬いた。
「ほんに、面白いこと。儀郷もよく見つけてきたものだわ」
「あぁ。二人とない女子だろ」
そして、彼女の息子たる男に視線を向けて、気付かされる。
これは、茶番だったのだと。

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「まだ機嫌が直らない?」
赤く染まった空を縁側で見つめる娘の隣に、男は腰を掛けると、そう尋ねた。尋ねると言うより、事実確認に近いもので、男は、少し困った様子で、娘を見るが、娘は、憮然とした態度で、男の方を見ようともしない。
「悪かったって。でも、ああでもしないと、母上は納得しないだろうから」
「だからって、私にまで黙っている必要はなかったよ。
つまり、まだ、私のこと、試してるって事じゃない」
視線を交わすことなく告げる言葉は、穏やかでゆっくりとしたものだったが、その声色は、十分に男を懲らしめるに足りるものだった。男は、考えるように、ぐるりと視線を回す。
「姫君なら、何も知らせなくても、大丈夫だって信じていたからさ」
「試してるのと、どう違うわけ?」
「愛情のある、なし、かな」
すらりと出てくる言葉に、娘はため息を吐いた。
「人でなし」
「そんな俺が、好きだろ?」
「儀郷くんのそんなところは、嫌いだわ」
ようやく視線を男に向けると、男は、にやりと笑いを返した。
「ひどいな。おれは、姫君のすべてを愛してるのに」
「それはどうも」
「連れないな」
「連れなくさせたのは、あなたよ」
「もし、お義母さまを納得させられなかったら、どうするつもりだたの?ぽいって捨てるつもりだった?どれだけ、私が…怖かったのか、考えてもみてよ」
頬を伝う一筋の涙を男はそっと指先ですくうと、娘を抱き寄せた。
「姫君を捨てるなんて、あるはずないよ」
「ムツの国と比較したら、私なんて、ごみ同然でしょ?」
「領国と姫宮を比較すること自体ないだろ」
「だって、私を選んだのは、儀郷くんに相応しいんじゃなくて、ムツの国の花嫁に相応しいからでしょう」
また一粒大粒の涙を流すと、男の胸をどんどんと叩いた。
「相応しくなくなったら、私のこと捨てるんでしょ?」
「ちょっ…と待って。どうして、そんな結論を導き出してるのさ」
「違うって言うの?」
「あぁ、もちろん。ムツの国に相応しいってだけなら、吐いて捨てるほど候補がいるよ。姫君は、ムツの国に相応しいだけじゃなく、俺が添い遂げたいと思えたただ一人の女だ」
娘は目を瞬いて、また涙をこぼすと、男の胸をもう一度どんと叩いた。
「ずるい」
「え?」
「どんだけ口が上手いの?一体、何回、その口車に乗らなきゃいけないの?」
「俺への愛が続く限りじゃないかな」
ばか、と呟くともう一度どんと胸を叩いた娘の気持ちは、やはり男への愛に満ちているのは一目瞭然で、男は、心底幸せそうに笑みを浮かべた。

■FIN.■■■

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