戦国の花嫁■■■天下人の種01■


王城となり久しい京で、武士が、我が物顔でこの街を闊歩するようになってからも、また久しい。
そして、その京を西に据えるウミの国に在って、覇者を体現する男の居処は、類を見ない絢爛豪華なもので、天竺よりも西にあると言う大秦から海を越えてやって来た様々なものがそこにはあった。それらの力もあわせ持って、新しい風をこの島国に興そうとしているのである。
そんな男の娘が、今まさに、旅立ちの時を迎えていた。


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「お父様、長らくお世話になりました」
「うむ、息災で過ごせ」
「はい、そして、必ずや天下人を産んでみせます」
張り切って私は答えた。
爽快な私の言葉とは裏腹に、そこに訪れたのは、緊張だった。私と父以外のそこに居合わせた誰もが、背筋を凍らせたに違いなかった。
「姫は、まこと面白い事を言う。天下人はこの父がなると言うに」
あはは、と豪快に笑う父に一同は戦々恐々だ。父は、今一番、天下に近いと言われる武将だ。豊かな土地に育まれた財力とその政治手腕で、天下に号令をかけようとしている。
「いいえ、これは私の念願でございます」
姫様、それくらいに、と後ろから乳母が怯えた声で言うが、やめる気はなかった。
父はと言うと、目を丸くして、面白そうに笑った。
「そのような戯れ言を申すのが、姫でなくば、即、首を落とすところだが」
低められた声色に、一瞬にして、さらに空気がひんやりとする。
「できるものなら、やってみよ。楽しみにしている」
また、あははと父は笑うが、それにお追従する者はいない。
首を落とす、と、父は軽く口にしたが、それは冗談ではないのだ。先日も、御前にて粗相があったとして、家臣が首を落とされたと聞く。切腹ではなく、その場で、だ。聞けば、それも、些細な事だったらしい。
そんな具合で、武士としての父は、それくらい気難しい。
だが、娘の私には、誰もが目を疑うくらいに甘い。戯れ言、と本気で思っているのだろう。
私は混じりっけなしの本気なのだけれども、まあ、今それを語って聞かせたとしても、全く甲斐はないだろう。生まれてから、今まで、父にとって、私は数いる娘の一人に過ぎず、ここまで版図を広げた今となっては、そう大した駒にもならないらしく、幼い時から、母や兄達のついでとして目通りをしても、余呉のお家の事とか、武家の娘としての在り方とか言う、堅っ苦しいお説教をされた記憶はなく、私の方でも、余呉を誇りに思う事はあっても、余呉のために少しでも役立ちたいとか、そのようにあるべきだとか、思った事はなく、今に至っているから、今さら、何も言う事はないのだろう。
「きっとお父様を喜ばして差し上げます。楽しみにしてくださいませ」
にこりと笑って、座を辞した。
父とも、これで別れだと思うと、少し寂しかったが、これからの事を思うと、胸が弾む。

私は、天下人を産む。

それが、この乱世の時代に、卑しくも、女子として生まれた者のできる唯一の光と言っても良かった。

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