戦国の花嫁■■■天下人の種02■


輿に揺られる事、何日か、漸く、たどり着いたのは、昔ながらの山城に居を構える一族の館だった。
その館は、想像していたものより、随分と古めかしい。一世代、いや、数世代前の流行りが随所に見られる。と言うか、旧世代の建物、そのまんまだった。だが、その当時流行っていた、簡素の中に意匠を凝らし、質の良い素材を更に選って使うと言う造り方で建てられた事は明白で、この一族のかつての栄華を感じさせられる。その上、代々、それを大事に扱ってきたのだろう、古臭いと言うよりは、威厳が漂っていた。
それが、新しい物好きの父を持った私には、逆に新鮮に感じられた。 終生の場所としては、悪くない、そう思った。

「お待ちしていましたよ。さあ、こちらへ」
その声に、視線を向けると、私の到着を待っていたらしい人達がいた。声を発したのは、口振りとその衣装からするに、ここの北の方らしかった。
そちらに向かい、腰を折る。
「お初お目にかかりまする。余呉が五の姫にございます」
「まあ、なんと美しい姫君でしょう。お噂は予々聞いておりましたが、想像以上ですね。さあ、お顔をよく見せて」
ゆっくりと顔をあげると、義母となる人の瞳と重なる。こんな片田舎には似つかわしくないくらい、綺麗な人だと思った。黒々とした髪は、私と同じ年頃の息子がいるとも思えないような艶をしていたし、くっきりと象られた唇は、上品で形良く、赤く鮮やかに微笑みを湛えている。そして、何より目を惹かれたのは、その瞳だった。どこまでも深い漆黒の瞳。夜空の中でも、深更の空を宿した闇の色は、見つめれば見つめるほど、奥へ奥へと吸い込まれてしまいそうだと思った。
「本当に、まあ、息子には、不釣り合いなくらいの姫です事」
「そんな、勿体のうございます」
内心は隠し、恥じらうようにして、面を伏せた。

確かに、破格の婚礼と言ってもいいと、自分でも思う。
ここの一族は、元をただせば、京にいますスメラギの御血脈に畏こくも連なると言う、歴史のある家柄ではあったが、今となっては、父の家臣に降った武家の一つに過ぎない。権勢をほしいままにする一族、しかも直系の姫を与えるには、少し不釣り合いとも言えた。
この婚礼は、私に甘い父とて、良い顔をしなかったものだ。最初は、いつも同様、戯れ言と見なされ、全く相手にされなかったし、戯れ言ではなく、本心からの望みだと分かってくれても、是とは言ってくれなかった。それを根気よく頼み込み、ようやく了承してくれたのだ。
そう、この婚儀は、すべて、私が考え、私の望んだ事だった。
私は、強い男に嫁ぎ、天下人を産むのだ。
考えに考え抜いて、この一族の嫡男を選んだ。私の目に狂いはない。
自然に浮かびそうになる笑みをなんとか噛み殺す。

ああ、これからが楽しみだ。


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旅の疲れなどと言う間もなく、その日の夜、祝言がとり行われる事になった。疲れてはいたけど、待ちに望んだ、あの初夜が、今夜訪れようとしているのだと思うと、疲れなど吹き飛んで、胸が踊る。
そして、灯明の光が、部屋中をぼんやりと照らす中、祝言は、粛々として進められていく。
横並びに座り、お互いに前を向いているので、隣に座る夫になる男子が、どんなものなのか、はっきり見る事ができないでいた。
背はそこそこ高そうだ。そして、膝に据えられた手は、大きくて、長かった。骨張っていて、武士らしい。弓の名手と言う噂通り、馬手と思われる右手の指は、見た事もないくらい分厚い皮をしていて、ユガケなしでも易々と弦を引けそうだった。
思った通りの若武者らしい。
ああ、手だけじゃなくて、今すぐ、一目見たい。
興奮と勢いで、祝詞が上げられているその隙をついて、そっと顔をそちらに向けた。
そして、その視線の先にあったものを認めて、私は、ありえないくらい動揺した。

この者は、誰なんだ。
なんで、このような者が、今、私の隣に座っているのか。
これは、何かの間違いではないか。
己の眼を疑った。

なにしろ、私の隣には、お義母さまの生き写しと思えるような男子が座っていたのだ。
私が望んだのは、こんな女のような男ではない。お義父さま譲りの勇ましい戦神のような男だ。
替え玉ではないのかと考えるけれど、そうするべき理由が一つも思い浮かばない。
しかし、こんな男が、華々しい初陣を飾り、数々の戦で功名を挙げたと言うのか?とてもそんな男子には見えなかった。
筋骨隆々として鍛え抜かれているとは、とても言えない体躯は、ほっそりとも言わないが、武を極めようとしている男子のそれには、少し物足りなさを感じる。
まっすぐに前へと向けられた視線は、汚れを知らないかと思うような透明感を見せているし、少し伏せ目がちの瞳には、長い睫毛が縁取られている。すっと延びた鼻筋は、高くもなく低くもなくちょうどよく綺麗な線を描いている。そして、唇は、紅を引いたかと思うほど、鮮やかだった。
そして、何よりも、瞳の色が、私をはっとさせる。お義母様と同様の、深更の瞳。

ああ、目眩がする。
悪い夢を見ているのではないだろうか。
悪夢であって欲しい。
そうして、祝言は進められていった。

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