戦国の花嫁■■■天下人の種05■


気付けば、朝だった。

見慣れぬ天井に、ああ、この造りは数代前に流行ったとか言う類いの格天井だなと思い、そう言えば、昨夜、念願叶って、祝言を挙げたのだったと思い出す。
しかし、夫になったとは言え、会って間もない、得体の知れぬ、訳の分からない男子を隣にして、私は熟睡していたらしい。旅の疲れもあっただろうが、自分の胆の太さに感心する。
隣を見遣れば、すでにもぬけの殻だった。
夢にまで描いた初夜は、夢のままで終わった。
なんだったのだ、この婚礼は。
私は、何をしに来たのだ。
絶望に目が眩んだ。

朝の支度をしながら、今後について考える。

そうだ、お父様に文を出そう。
この婚礼は間違いだった。また、相応しい男子を探すから、私を実家に返してくれ、と。
そこまで考えて、苦笑する。
初夜の失敗ごときで、泣きつくなんて、余呉の娘のする事ではない。そんな事をするくらいなら、殿を押し倒す算段をつける方に力を注ぐものだ。
第一、泣き言でも言おうものなら、お父様は、それみた事かと難癖をつけ、すぐさま私を呼び戻して、自分の気に入りの武将の妻に据えようとするに決まっている。
実はどうであれ、私は、祝言を上げたのだ。
今更、引き返せはしない。
下唇をきつく噛んだ。

とりあえず、お義母様に朝の挨拶に行こう。

部屋を出てから、すぐに、廊下の向こうから、一人の殿方が歩いてくる。
誰か分からないが、道を譲っておこうと、廊下の端で控えたけれど、私の予想は大きく反れて、私の前で立ち止まったから、ゆっくりと面を上げた。
太い眉、厳めしい瞳。高い上背、強そうな太い腕、たくましい厚い胸板。
思わず、笑みが浮かびそうになる。瞳がきらきらと躍り上がる事は止められそうになかった。

なんと良い男なのだろう。
まさに、長年思い描いた武士がそこに立っていたのだった。

「お初お目にかかります。奥方様、輝宗と申します。以後お見知りおきを」
にこりと綺麗な弧を描いて、その殿方は言った。
輝宗殿?輝宗殿…一体誰だろう?
一向に心当たりがなかったけれど、私に声をかける事の出来るような身分の方であるのだろう。とりあえず、口許に笑みを湛える。
「こちらこそ、よろしくお願い致します。新参者にて、どうぞご指導のほど、頼みまする」
相分かりました、と言って、また笑顔を見せてくれる。その瞳は、力強くはあったが、人好きのする明るい栗色をしていた。

そうだ、この殿方の子種をもらおう。
きっと、そのたくましい腕で、私をその厚い胸に抱き、ほとばしる子種を私に注いでくれるはず。

いや、それでは、不義の子になってしまうではないか。
だが、たくましい天下人が産めそうだ。

…何を馬鹿な事を考えているのだろう。
なんだかもう、八方塞がりだった。

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