戦国の花嫁■■■天下人の種06■


「あら、もう挨拶を済ませたの?私が紹介しようと思っていたのに」
その言葉に振り向くと、お義母様がいた。
「それは、すみませんでした。母上。たまたま廊下ですれ違ったので、よい機会だし、挨拶をと思いまして」
え?母上?
輝宗殿の言葉に驚く。
「ふふ、とても素敵な娘さんでしょう?」
「ええ、若様が、羨ましいくらいです」
「あら、そうですか。これで、輝宗も、妻帯する気になれば良いのですが」
「さて、それは、困りましたね」
「何が困ったものですか。早く、この母に、孫の顔を見せて欲しいものだわ。年上のあなたが、則房に先を越されてどうするの?」
「それで良いんですよ」
「気にしないでいいと何度言ったら…あら、私とした事が、ごめんなさいね、できの悪い子を持つと親は気を揉んで仕方がないの」
決まり悪そうにして、私を見ると、お義母様は肩をすくめてみせた。

できの悪い子?
やはり、輝宗殿は、お義母様のお子と言う事なのか?
しかし、お義母様には、後にも先にも、殿しか男子はおられないはず。どう言う事なのだろうか。
「あの…輝宗殿は、お義母様のお子なのですか?」
だとしたら、輝宗殿こそ、御正室の嫡男。昨日の祝言はなかった事にして、(この際、余呉の威光を振りかざしてでも)再度、この方と祝言を挙げよう。
昨日、あれ以上、殿に迫らなくて良かった。
とか、ほっとしていると、お義母様は、驚いたように、私を見てから、輝宗殿を不思議そうに見た。
「なあに…挨拶は済んだのではないの?」
「すみません。名乗れば、御存知かと。奥方様、再度、挨拶させていただきます。俺は、若様…則房殿には、異腹の兄に当たる者です」
「異腹の…?」
「ええ、この子の母親が、若くして亡くなったから、私の息子として育てたのよ」
「そうだったのですか」
妾腹の長男を、北の方が育てる?そんな事あり得るの?
と言うか、やはり、殿が嫡男なのね。儚い夢だったな。まあ、そんなにうまい巡り合わせなんてあるものではない。いいえ、そもそも、私は、殿こそ!と意気込んで、今ここにいるのだから、見た目が素敵だ、逞しい子種だどうのこうのなんて言う、邪な考えは捨てねばならない。幾星霜の思いを巡らした計略を一夜にして変えようなど、愚かの極みじゃないか。
私は、殿と祝言を挙げた。
心の中で、しっかりと再確認をする。

そんな私の反応をどう取ったのか、お義母様が、困ったように笑う。
「よく驚かれるわ。でも、この子には、私しかいなかったのよ」
「母上には、本当に感謝しています」
「感謝の意は、孝行で返してもらいたいものだわ」
ああ、可愛い孫の顔がみたいわ、と深更の瞳が、挑むように、輝宗殿を見る。
「それは、すぐに叶う事でしょう?こんなに綺麗な花嫁が来たのですから」
「私は、たくさんの孫に囲まれたいの」
「やあ、若様が祝言を挙げれば、母上のお気持ちも少しは落ち着くと思ってたんですけど、当てが外れましたね」
「当たり前でしょう。お前もいい歳なのだから、母を安心させてちょうだい」
どうやら、輝宗殿は、妻帯していないらしかった。年頃は、殿より半回りほど上と言ったところだろうか?だと言うのに、こんなに良い男が独り身とは、世の中も不思議なものね。
まあ、お義母様が、遠慮しないでいいとか言ってたし、何か理由があるのかもしれない。
どこの家にも、他家には思いもよらないような事情があるものだから、さして大した事でもないのだろう。当の本人達からすれば、他に動かしようのない最重要課題なのではあるのだけれど。
嫁に来たからと言って、そんな事に首を突っ込み、間抜けた真似などしたくはなかったから、これ以上考えてみるのはやめにする。

次≫≫■■■

inserted by FC2 system