戦国の花嫁■■■天下人の種08■


目の前の状況に、僕はただただ戸惑っていた。
父上を前にして、笑みを浮かべる女子を初めて見ているのだ。
何しろ、父上は、見てくれだけは、本当に怖い。実は涙もろいのだが、普通にしていても、怒っているのかと思うほどで、僕は慣れたものだったけど、実の娘である姉や妹達でさえ、あまり近寄りたがらない。だから、そんな父上とすぐさま談笑できる妻に驚いた。
まあ、あの、御館様を父として育ったのだから、顔が厳ついだけの父上など、ただのおっさんなのかもしれない。

昨夜は一体どんな女子かと思ったが、昼はまた別の顔を持ち合わせているらしかった。
母上にも、さっそく気に入られているみたいだったしね。
差し出がましくなく、かつ、控えめでもなく、父上の話に笑みを浮かべながら、陽気に接している。
見てくれだけかと思ったが、そうではないらしい。御館様の娘御と聞いて、どんな甘やかしを受けてきたかと思ったが、申し分ない嫁だなと思った。
何か理由を付けて、熨斗を付けて返すなど、できそうにない。
そこまで考えて、苦笑する。
まだ、煮え切らない自分にがっかりする。
祝言を挙げたんだぞ?
僕は、この家の嫡男だ。いい加減、腹を据えないと。
気付かれないように、溜め息を吐いた。

「まさか、五の姫様を、娘と呼ぶ日が来るとは。なんと光栄な事か」
父上が、上機嫌に物を言う。それに、妻がにっこりと笑った。
やはり、慣れない光景だなと思う。
なんだか、僕の為、と言うより、父上の為にやって来た嫁のようだ。
「私も、お義父様のような武勇に長けた方を父と出来る事、在り難く、嬉しく思います」
「さようか。嬉しい事を言ってくれる。しかし、息子の嫁と言うのは、かように良いものだとは、思わなんだ。果報者じゃな、則房」
「はい。僕のような若輩者に、大切な五の姫様をお預けくださったお館様には、一体どのようにして、その恩に報いればよいのか、少し途方に暮れています」
「まあ、そう気負わずとも…わしらは、武士。戦場でのみ、忠義を見せられると言うもの。日頃の鍛練に励めば、自ずと結果が付いてくるだろうよ」
「肝に命じます、父上」
「このように、倅は武骨で、至らぬ点も多いだろうが、どうか、寛大な心で見守っていってはくれぬだろうか?」
「勿体ないお言葉です。私とても、まだまだ未熟です。お義父様には、ご指導の程、よろしくお願いしたします」
「相分かった」
父上が、何年ぶりかの笑みらしい笑みを見せた。
どうやら、妻となった女子は、父上の数少ない、大のお気に入りに名を連ねたようだ。


*****************************


二日目の夜。
僕は、昨夜と同じようにして、床に就いた。
いくらなんでも、二度は同じ手で来ないだろう…と願う。

「殿、今宵こそ、理由をお聞かせください」
静かだけれど、威厳のある声が、寝所に響く。
さすが、余呉の姫御、と言ったところだろうか。
母上とは違う、女子の持つ威圧感に、なんだか逆らえず、起き上がる。妻は、きっちりと正座をして、こちらを向いていた。まさに、臨戦態勢。それなら、こっちも挑むしかない。
大きく深呼吸した。
「いずれ、あんたには嫡男を産んでもらう。だけど、今は、放っておいてもらえないか?」
「いずれとは、いつなのです?」
僕の精一杯の言葉は、あっという間に返される。
もう少し、僕を敬うと言うか、従うと言うか、なんだろう、世の妻と言うのは、こんな風に、夫の言葉を素直に受け取ってはくれないものなのだろうか?
「いつか必ず。その約束を違えるつもりはないから。御熊野の牛王符に誓う」
ゆっくりと、視線を合わせながら、告げてみる。
まっすぐ返ってくる瞳に、僕は、居心地が悪くなる。でも、視線を外すわけにはいかない。外せば、誓いが揺るぐ気がする。
ふっと視線が逸らされる。妻は、考えるようにして、目を伏せると、もう一度、僕を見た。
「殿のお覚悟、承知致しました。…お休みなさいませ」
「うん、お休み」

御仏の上にも行かんとする御館様、その娘御にはちゃんと信心があるんだなとか思いつつ、ほっと息を吐いて、床に入った。

次≫≫■■■

inserted by FC2 system