戦国の花嫁■■■天下人の種15■


なんだろう、祝言を挙げた日から、ちっとも前進してない気がする。
いいえ、気がする、じゃなくて、事実だ。一体、祝言のあの夜から、幾日が過ぎたの?計画では、今ごろにはどうなっている予定だったかしら?蒔かれない種をいくら算段してみたところで、実りなどあるはずもない。決して膨らむはずのない腹に視線を向けて、ため息を吐く。

殿との会話は、まるで、父上とのそれみたい。
私の考えなんて、ちっぽけで、浅はかで、大略に何も及ぼさない、聞き流しても、それで済んでしまうものだと考える父上に、この祝言への意気込みを理解してもらうまでに、どれほど手こずったか。それと同じだけの年月を、父上に代わって、殿としなくてはならない?!
そんな事してたら、私は、おばさんになってしまうじゃないか!
まあ、万策尽きたわけではないのだから、そこまで悲観する事もでもないかしら。きっとそうだわ。

少し夜風に当たって、頭を冷やそう。
今夜も、殿は遅いようだから、それくらいの時はあるだろう。

新婚を気遣ってなのか、寝所の辺りは人が少なく、私は誰に見咎められる事もなく、抜け出す事ができた。一人きりでいたかったので、それらしい所を求めて歩いていったその時だった。

一体何度、この場面に出くわしたら、気が済むんだろうか。
けれど、今度ばかりは、胸を張って言える。
未知なる世界への興味に打ち勝てなくってって事ではなかったのだと。 不可抗力、それに尽きると思う。そう主張したい。
だって、何の変哲もないただの廊下を曲がった先に、熱い思いを交わす二人が今まさに、すぐ脇の部屋に入り込もうとしているだなんて、思わないじゃないか。
気付かれない内にと、そっと踵を返せれば、それで済んだかもしれないけれど、簡易な服装ではあっても、嫡男の嫁、衣擦れをさせるなと言っても、無理があったから、当然、二人の知る所になるわけで、相手の若武者と目が合いそうになるのをなんとか避けて、さも初めからそこにあった庭木とでも言うように気配を消してみる。
かなり苦しい、それは十分わかってる。けれど、どうしようもないじゃないか。

「どうした?早く入るぞ?」
さほど間を置くことなく、輝宗殿は、近くの襖をすっと開けると、さらりと言ってのけた。
女子に恥をかかせないよう振る舞うなんて、素敵としか言いようがない。また見直してしまう。
「あ、いや、輝宗殿。俺は、その…」
「まだ宵の口だ。久しぶりに楽しむには、うってつけじゃないか」
「ですが…あの、俺っ」
そこで、ふつりと声が途絶えるけれど、視線を伏せている私には、当然何が起こったのかは見る事ができない。
この沈黙は、何か。
しかし、その何かを、体験したことのない私でも、気配だけで分かる。
見直しは、撤回した方がいいかしら。
「輝宗殿、やはり、やはり…俺は、その、お暇をいたします!」
その後に、何かもごもごと、言い訳らしい文言を付け加えていたようだけれど、私にははっきりとは分からなかった。
どっ、どどど、どどっ、ど、と取り乱しがちな早足の音が、遠ざかって行った。
どうやら、予想に違わず、私は、庭木にはなりそこねたようだった。

次≫≫■■■

inserted by FC2 system