戦国の花嫁■■■天下人の種17■


這う這うの態で、寝所に戻ると、殿はすでに床に入っていた。
寝所で夫を待たずにいるなんて、武家の妻としてどうなのかとかも思ったけれど、内心の混乱で、挙動が危うい感じだったので、先に寝ていてくれて、ほっと息を吐く。 起こさないように、そっと素早く、夜着になると、夜具に身を包んで、ぎゅっと、目を閉じた。
今はもう、何も考えたくない!
もちろん、そんな心の動揺なんかなんのその、って感じで、私の体は、あっという間に、私を夢路へと誘ったのだから、全く逞しい事この上ない。
しかしながら、そんな肝の太さも、誘うべき夢路をきちんとは選べなかったらしい。

その夜更けの事。
私は、とんでもない悪夢を見て、飛び上がるようにして、目を覚ました。
大分見慣れてきた、古風な調度品を目にして、安心する。
良かった、現実ではない。
どくどくと、心臓は早鐘を打っている。
そうよ、あんなの…あんな事、絶対にありえないわ。
何とかして、夢を追いやろうとするけれど、動揺しすぎて、うまくいかない。

「ねえ、大丈夫?」
こんな夜中に起きているのは、自分だけだと思っていたから、びくりと驚く。
体を起こした殿が、こちらを見ていた。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
「え?ああ…それより、随分、うなされてたみたいだけど、何か悪い夢でも見たの?」
悪い夢。
その内容を思い出し、また、ぞくりとする。
だって、だって!
殿と輝宗殿が、あろうことか、同じ褥に重なり合い、目も耳も塞ぎたくなるような甘い睦事を交わす…そんな夢を見たのだ。詳しくは…言いたくもないし、もう思い返したくもない。
なまじっか、輝宗殿のあれな所を垣間見てしまったのが、いけなかったんだと思う。
でも、あまりにも現実かと思うような夢だった。
でも、そんな事、ありえないわ!
殿の子種は、私の物なんだから。
そんな主張をしてみたところで、あまり効果はなかった。

「ほんとに、大丈夫?」
深更の瞳が、不安気に揺れていたから、驚く。
だって、冷たい色をした瞳でもなければ、会話する暇さえ与えない、いつもの夜の殿とはあまりにも違っていたから。
今夜の殿は、まるで昼中の殿のようではないか。
そう感じたその瞬間、今ならば、と訳もなく思った。
意を決すると、そっと殿の胸の内に飛び付くと、その体に腕を回した。
「殿、どうかお願いです。私に子種を下さい。そうせねば、私…」
本で読んだ知識でもって、兄様からそれとなく聞いた好ましい女子の仕種とやらを作って、これ以上ないってくらい、おしとやかな声をして、目を伏せた。
静かな沈黙が流れる。
次の手を打つべきか?いいえ、ここは待つべきだ。

次≫≫■■■

inserted by FC2 system