戦国の花嫁■■■天下人の種後日譚06■


あれから、数か月。嬉しいような、恐ろしいような、臨月がやってきた。
妻は、今、産気付き、産屋に籠って、どれくらいの時が経っただろうか。やきもきしすぎて、もう時間も分からない。
赤子が産まれるのって、こんなに時がかかるものなの?それとも、難産なの?どっしり構えてるべきなの?焦るべきなの?けれど、そんな事を聞ける雰囲気でもない。
こんな時、父親って、出来る事がないのだと、身を以て知る。

そんな事を考えて、さらに、数刻して、妻の出産に立ち会っていた者がやってきた。その表情に、悲壮なものは全くなかったから、ほっとする。
「生まれたの?」
一瞬にして、僕は笑顔になった。足早に、産屋に向かう。

あああああっ!
妻の断末魔の声を聞いて、僕は、断りもなく、勢いで、部屋の中に入った。
「どうした?具合が悪いの?」
慌てて、妻の様子を見る。
その横には、赤子らしき布の塊が見えたけど、今はそれどころではない。
「一体、何があったの?」
周りの女衆を見るけど、至って落ち着いていた。おめでとうございます、と口々に言ってくれる。
あれ?大事では、ないの?
そろりと、妻を見ると、視線が合う。栗色の大きな瞳が、涙で濡れていた。
「こんな事ってあるの?私…私、信じたくはないわ」
「ど…どうしたって言うの?」
「一つになる時間が短すぎると、男子は産まれないって聞いた事があるの。あまり確証がなかったから、そこまで気にしていなかったけれど、きっと、それがいけなかったんだわ!」
え?
思ってもみなかった言葉に、目を見開いた。ちょっと気になる事も言われた気がしたけど、聞こえない振りをする。
「男子じゃなかったの?」
俺の言葉に、妻は、ぷぅっと頬を膨らました。
どうやら、兵法を読み聞かせたのは、無駄足に終わったらしい。
「そう、女子か」
自然に浮かんでくる笑みをそのままに、生まれてきた赤子を見る。布をそっとよける。まだ目を閉じたその顔は、真っ赤かで、しわしわで、女か男か、分からないなと思った。
僕の子供か。僕の娘。
どこに出しても大丈夫なように、可愛い娘に育てよう。ところで、兵法なんて聞いて育ったけど、大丈夫だろうか。最後の方は、かなり熱を入れて、教え聞かしたんだけど。
天下人になる、なんて言わないよね?
新たな不安が僕を襲う。
「とにかく、今回は、殿が短く終わるのがいけなかったのよ。絶対にそのせいだわ!」
僕の温かな思考を見事に打ち切る言葉だった。
やっぱり、さっきのは聞き間違いではなかったらしい。
「み、短いとか、そんなの、どうして分かるんだよ!他の男も知らないのにさ」
ぐう、と妻が言葉に詰まる。苦し紛れに出た言葉だったけど、いや、本当に短かったのか?初めの頃は、そりゃあ、短かったさ。それは認める。だけど、僕だって、それなりに経験を積んで、普通くらいにはなったと思うんだ。それに、僕だって、できることなら、もう少し、いや、ずっと妻の中を堪能していたいんだ。
「そうだよ、僕は、短く、ないよ!」
「でも…でも、現に生まれてきたのは、女子なのよ。それが、何よりの証拠じゃない」
「それは…」
「とにかく、早く終わらないように、今度からはちゃんと我慢してもらうから」
「我慢って、別に、僕は!」
「いいえ、もう短く終わらせたりなんてしないわ。私、絶対、天下人を産むんだから」
短いって言うな!早漏なんかじゃない!ただ若いだけなんだ!若さが暴走しちゃうだけなんだよ。
決して、早漏では…早漏では、ない…と思う。思いたい。
泣きそうだ。
「とりあえず、落ち着きなよ。産後、しかも、産んですぐに暴れるなんて、体によくない」
すると、驚くほど静かになった。一体どんな心境の変化だろう。
「そうね。一日でも早く、産後の床上げをして、また子種をいただかなくては」
思いもよらない言葉に、僕は、絶句した。
妻よ、僕は本当に種馬ではないんだよね?
愛する夫だよね?


ちなみに。
男子の幼名しか、考えてなかったのだとは、口が避けても、言えなかった。


■FIN■■■

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