戦国の花嫁■■■天下人の種33■


「ならば、私に考えがあります」
僅かの沈黙の後、妻がそう言った。
一日考えぬいて、兄者に相談しても、大決心をして臨んだって、解決しなかったこの悩みから、解放してくれるの?
ごくりと生唾を飲み込んで、妻の言葉を待った。
「私が、殿を上手くいなせば、少しは長くいられるのではないかと思うのです」
「は?」
思いもよらない言葉に、面食らう。
僕を上手くいなす?どうやって?
「殿、無法を許してくれますか?」
「え?…ああ、うん」
栗色の瞳が、上目使いでこちらを見つめてくるから、是非もなく、頷いてしまった。
「では、殿は、気を楽にしていてください」
にこりと笑って、妻は、立ち膝になると、僕の肩に手を置き、口づけを落とす。小さな舌が、ちろりと僕の舌を舐め取る。それに応えようとしたら、舌が離れていく。
「いけません。殿は、ただ楽にしていてください」
真剣な瞳でそう告げられる。
どうやら、楽に、と言うのは、何もするなって事らしい。自分が主導権を握る事で、僕をいなすつもりらしい。
我慢できるだろうか?いや、耐えなくてはならない。
「うん…分かった」
瞳を閉じると、口づけをねだるようにして、そっと唇を開いた。僅かの微笑みの後、再び、柔らかな感触が重ねられる。ゆっくりとした動きで、口内を舐めとられる。あまりの緩慢さに、口づけを深くしようとすると、すっと離れてしまう。
殿、とちょっと叱りつけるような囁きに、僕はただ笑いを返すと、また口づけが降りてくる。肩にあった手が、僕の頭をそっと撫で、口づけの角度が深くなる。徐々に荒くなる妻の息遣いに、男の本能が鎌首をもたげてくるけど、なんとか押さえつけて、ただされるがままにする。
与えられる刺激と言うのも、なかなかに心地よいものだなと思う。
ぬるま湯に使っているような、そんな感じに、頭がぼうっとしてくる。
それから、たっぷりと僕の唇を堪能したらしい妻は、ちゅっと音をたてて、唇から離れると、首筋にかぶりついて来る。

押し倒されるようにして、体を横たえる。その間も、ずっと妻は僕の体に手をはわせる。細くて、柔らかいその指先は、すごく繊細だったけれど、さも勝手知ったるって感じで、的確に僕をじわりじわりと高めていく。
あれ、すごく手慣れてる感がある気がするんだけど。一体何度こんな風にして、勘繰るんだろうな。
ふっと気が途切れると、無意識に妻を抱き寄せそうになる。それを耐えるように、夜具を握りしめる。そうしないと、もうどうにかなってしまいそうだった。絶対に離してはいけない。離したら終わりだと思った。
「ねえ、挿れたい。お前の中に。…いいでしょ?」
堪らず、呻くように、そうねだる。
僕の腹の辺りに唇を寄せていた妻は、さっき同様、上目遣いでこちらを見る。
「殿、目を閉じてください」
「え…何?」
「目を閉じてほしいのです。恥ずかしゅうございます」
さして恥じてる様子もなく、僕の瞳を直と見つめながら、しっかりとした口調で言うのは、いつもの通りだった。それに、今まで、散々僕を弄んで、何が恥ずかしいんだろうと思った。
でも、今の僕に、そんな事を言う余裕はなかったから、さっさと目を閉じる。
「ほら、これでいい?」
「ありがとうございます」
一呼吸置いて、妻の細い指が、僕を掴んで、その胎に導いた。
妻が挿れようが、僕が挿れようが、感じるものは同じだった。
ぎゅっと締め付けられる感覚に、頭が熱でいっぱいになる。何も考えられなくなりそう。
しかし、半ばまで呑み込んだところで、妻の動きが止まった。何かに耐えるような、浅い呼吸をしている。
「殿…私、もう」
え?もう、何?無理とか言わないよね?て言うか、なんで、ここで止めるの?なんで、ここ!僕の忍耐を試してるの?ああ、僕をいなすとか言ってたっけ。だけど、僕、今にも暴れだしそうなんだけど。全然、いなされる気がしないんだけど。
ここは、射場。僕の居場所。いつものように、落ち着け。日頃の鍛練の成果を試す時だぞ。
そんな風に思い込もうとしても、完全に頭が沸騰してしまっていては、若輩な僕では、うまく行くはずなどなかった。
でも、ここで自分に負けたら、一生妻に頭が上がらない気がした。絶対、飽きられる!
「ゆっくりでいいから…。そう、深呼吸して。大丈夫、入るから」
虚勢も虚勢、僕は、全身に脂汗をかきながら、なんとか口許に笑みを貼り付ける。妻は一つゆったりと呼吸をして、にこりと笑みを返す。
「そうですね。少し弱気になってしまいました。でも、もう大丈夫。全て、私にお任せください」
覚悟を決めたんだろう、眉根を寄せながらも、本当に、本当に、ゆっくりと僕を呑み込んでいく。
僕の腹に両手を着き、乳房を僅かに震わせる姿は、なんと扇情的な事か。
とか、楽しめたら、どんなにいいか。先述の通り、もちろん、僕にそんな余裕はない。
快楽の向こうには、地獄があるに違いないと確信する。これは、一体、何の拷問なんだろう?僕は、何か罪を犯しただろうか?罪を認め、自白したら、この窮状から救われるのだろうか?だとしたら、土下座したって構わないし、どんな交換条件も容易くのんでしまうと思った。
それくらい、僕にとっては、永遠に思えるような時間だった。

「殿、入りました」
少し眉根を寄せて、にこりと妻が笑う。
ぴたりと密着し合った場所に目をやって、ずくりと中心が疼く。
「ねえ、動いて」
「…分かりました」
ゆったりと腰を動かし始める。
手と言い、腰と言い、本当に素人なんだろうか?それとも、僕が堪え性がなさすぎるんだろうか?
…そうとは、思いたくないので、妻が上手なのだとしておこうと思った。
けれど、堪えきれず、動いた腰の動きは、宙をさ迷った。
妻が一瞬先に、腰を引いたのだった。そして、上体を起こしかけた僕の肩を押し返す。
「殿、いけません。ただ楽になさってください」
すごく冷静な声だったから、ほんの少しだけど、萎える。
つまり、またしても、気がおかしくなりそうなのは、どうやら、僕だけらしい。
いなすって、この事!?
だとしたら、なんて事を思い付いたんだ。やはり、拷問でしかない。
僕が本能的に腰を動かすと、妻がそれをいなす。そんなやり取りを何回しただろう。多分そう多くはないと思うけど、僕は葛藤の末、いや、ただ本能に打ち負けた。
最後の理性とも言える両手の力を解いてしまえば、後はもうどうしようもない。
妻の手を強引に引き寄せると、ぐっと抱き寄せ、僕は下から妻を突き上げる。
そこからは、何をどうしたのか、よく分からない。
気付けば、荒い息の中、妻をきつく抱き締めていた。
まあ、つまるところ、やってしまったらしい。大変なしくじりだ。しかも、二度目!けれど、そこには、とてつもない解放感が広がっていた。耐えて、耐えて、ようやく迎えた限界は、想像以上の心地好さだった。
訪れた疲労感に、眠気が漂ってくる。このまま、寝てしまおうか?
しかしながら、やってしまった事実は、頑として二人の間に立ちはだかっている。泣き寝入りなんて、許されるわけがない。
…。
「ごめん」
素直に謝罪を述べることにした。
「いいえ、私こそ、大口を叩いたのに、殿を上手くいなせませんでした。私としては、上手くいってると思ったんですけど、まさかあのように引き寄せられるとは思ってもみませんでした」
唖然として、言葉が出なかった。
あんな体位だけで、本当に僕がいなせるって思ってたの?本気で?
「でも、前に比べれば、断然長かったと思います」
長かっただろうか?まあ、長かったんだろう。すっごい時間、我慢した気がする。
「次は、もっと長くしてみせます」
次、と言う事は、飽きられるのは、まだ後だと言う事らしい。ほんの先の事かもしれないけれど、とりあえず、今は、首が繋がった。
あぁ、良かった。
とか、ほっと息を吐いた瞬間、僕は、叫んだ。
「な、何してるの?!」
「若い殿方は、一夜に、数度、子種が注げると、本に書いてありました。違いますか?」
それ、一体、何の本さ!とか、突っ込みたくなるけど、怖くて聞けなかった。どんなとんでもない知識を身に付けてるのか、末恐ろしい。
そもそも、一夜に数度どころか、二回戦やったのが、今日初めてなんですけど。僕が、初心者なのは、知ってるよね?はっきりと告げてはいないけど、気付いてるんでしょ?僕を男にしたのは、あんただよ、あんた!
と言うか、答えを聞く前に、弄るの止めて。僕は、その手つきに、弱いの。知っててやってるでしょ。あっ、そこ!
「ほら、元気になった。まだ大丈夫ですね」
にこりと笑って、妻は、僕の逸物に手を添えている。
精気どころか、生気まで搾り取られてしまうんじゃないだろうか、と恐怖した。

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