戦国の花嫁■■■天下人の種35■


こんなにも冷静な殿を初めて見る。
今までの殿は、いつだって、我を忘れたように、私を貪っていたのに。
「なぜ、急にそんなに余裕になったの?」
「余裕なんてないよ。今だって、必死で耐えてる」
「嘘!だって、笑っているじゃない」
「辛さに勝る思いだからね。だって、初めて、僕で、お前を感じさせられてるんだよ?笑いが止まらない」
言い返そうとした言葉は、殿の口の中に消えていってしまった。
優しく、甘い口づけに、繋がった部分が更に熱を持つ。
「でも、やっぱ、もう、耐えられそうにないや」
下唇を少し甘噛みして離すと、殿は言う。殿の表情から、笑みが消えていた。食い入るように、私を見つめる瞳は、力強く、私を飲み込んでしまいそうだった。
「ねえ、僕を感じるまま、お前の思うように、お前の好きにしていいから」
僕をいなすんでしょう?
その言葉に、私の中にあった、僅かばかりの使命感が奮い起こされる。
縋るように殿の首筋に腕を回して、ぴたりと殿に寄り添う。私の体とは違う、筋肉質の堅い体。美しい顔の作りからは想像も出来ないくらい、しなやかに鍛えられた体は、細っそりとはしているものの、武家の男子、そのものだと思った。熱い子種を宿す、強い男子。
何度も思い描いた武士。
殿こそ、私の理想。
夢のような、現実に酔いしれた。
ゆっくりと、さっきと同じように、腰を動かしてみる。
ずくんと胎の内が脈打つのが分かる。
ゆっくり、ゆっくり、殿の形を感じるように、前後に腰を擦り付ける。じりじりとした何かが、沸き上がって、思わず、逃れるように、腰を上げるけれど、殿の手がそれを許さない。
好きにしろって言ったのに、繋がりを少しでも解く事は駄目らしい。
でも、私も同じ気持ちだった。反射的に腰が浮くけれど、嫌だからじゃない。もっと、殿を感じたい。深く繋がりたい。
甘い疼きが、みるみる間に、全身に広がる。何も考えられない。考えたくない。ただ、この感覚に埋もれてしまいたい。
ただひたすらに腰を振った。びくびくと震える体を殿に擦り付ける。
でも、激しくすればするほど、体は敏感になり、動けなくなってしまう。
あと少し、そう思うのに、体がそこで止まる。
昂った体が、溜まった熱を解放したくてたまらないのに、できないでいる。
今度こそ、もう一度。殿を抱き寄せて、繋がりを深くするけれど、何かが私の動きを止めさせる。
「殿…これ以上できない。体が動かない」
涙が溢れた。体が熱くて仕方がないのに、どうにもできなくて、苦しかった。
「良かった。僕の知らない、恐ろしい、お預けの一種かと思ってた」
ちょっと間を空けて、荒い息の中、殿は苦しげに言った。
何?お預け?
「そうだよね。初めてなんだから、自分でなんて、無理だよね」
うん、と、殿は一人納得したらしい。
「僕をいなすのは、もう少し慣れてからにしようか」
「それは…ですが」
確かに、殿の願いは叶えられてるわけだから、それでも良いような気もする。でも、自分が言い出した事だ。簡単に諦めたくなかった。
「でも、これ以上、無理なんでしょう?僕がしてあげるみたいに、上手く達っせないんでしょう?」
そうか、この熱は、あの熱と同じなのか。あれは、研ぎ澄まされるように一部分が高められていく感じで、今のように、はっきりとはわからないけれど体のどこか奥底からじんわりと熱が回っていくのとは少し違うような気もするけれど、殿が与えてくれる激しい感覚を思い出し、こくり、と頷いた。
色々と考えるその合間にも、腰ががくがくと震え、何か訳の分からない事を口走ってしまいそうだった。もう自分ではどうにもできそうになかった。
「分かった。先にいっちゃうかもしんないし、上手くできるか分かんないけど…していい?」
殿はそう言うと、返事を待つ間もなく、あっと言う間に、私を押し倒して組み敷くと、ぱあんっと大きな音を立てて、私を打ち付けた。その激しさに、意志とは関係なしに、吐息が漏れる。
奥深くに、殿の熱を感じる。頭の芯がチカチカする。何もかも熱い。でも、それが心地好くて、殿の頚にぐっと手を回した。
その深さのまま、さらにぐっと塊が押し迫る。ぐっと、子壺に当たる感覚。こんなに奥!
「はっ…んぅ」
何が起こっているのか、正常に判断できない。
どこまでが私で、どこまでが殿なのか。熱い塊は、その境界を曖昧なものにする。
ぐちゅり、とまた深い繋がりのまま、胎の奥を掻き回される。
殿の、そんな緩慢な動きは、初めてで、私はただただ悶える事しかできない。自分では上手くできなかった力強さが、更に体中を熱くする。瞳を閉じて、その感覚に集中する。
ああ、もう少し!
そう思った瞬間、そこで、ぴたりと動きが止まる。
なんで?と、殿を見る。
「駄目だ。やっぱ、無理。ごめん」
うーと呻いて、叫ぶように、殿は言うと、腰の動きを早める。いつもの、知った、殿の動きだった。
私の腰の振りなんか比べられないくらい、信じられない速さで、腰が打ち付けられて、数度して、胎に呑み込んだものが、ぶるりと脈打った。
熱い子種が広がり、うっとりとする。
「あー…」
ごろりと隣に転がって、殿は唸る。失敗だ、失態だ、と首を振って、暫くして、こちらを向いた。
お互い、荒い息の中、視線が重なる。
深更の瞳は、夜露に濡れたかのように潤み、その黒さを更に深いものにしていた。暁の闇を全て集めたら、こんな色になるのではないだろうか。
なんて美しいのだろう。
ただただ魅惚れてしまう。
胸がいっぱいで、言葉にならない、なんて事、本当にあるのだなと思った。それに、言葉なんて言う曖昧なものは、この、心が深く繋がり合う時を邪魔するだけだろう。
それから、たっぷりと見つめ合う。
「何、考えてるの?」
すっかり息が整ったらしい殿が、ただすように言った言葉に、私は面食らった。
その、吸い込まれそうな、深更の瞳で以て、私の心など、全て見透かしてしまった上で、また、それに応えるようにして、激しくも温かい恋慕を自らの瞳に宿しているのだと考えたのは、私だけって事らしかった。やはり、ご多分に漏れず、私も女子の一人なのだなと、思わされる。
「そうですね…強いて言うなら、私も、殿も、まだまだ成り立ての夫婦なのだなと」
「え?うん…まあ、そうだね」
思ってもみない返答だったのだろう、殿は考えるようにして、言葉を返す。
「きっと、少しずつ、本当の夫婦になっていくのだわ。だから、今は、こんな感じで良いと思うの」
「こんな感じ?」
「考える事も、思う事も、したい事も、願う事も、望む事も…今は、みんな違うからこそ、惹かれ合うのではないかしら?」
「じゃあ、その今じゃなくなったら?」
「今じゃ?…そうね、本当の夫婦になると思うわ」
そう言った途端、殿はきつく私を抱き締めたから、私は驚いて、殿の言葉を待った。
「なんて言うかさ…お前って、すごいね」
「え?」
「本当の夫婦になれるよう、頑張るから…だから」
そのまま途切れてしまった言葉の次が、当然、今の私には分かりそうもなかった。けれども、満足そうに笑みを向ける殿に、私も幸せな気持ちになった。


■FIN■■■

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