戦国の花嫁■■■無声の慟哭01■


王城となり久しい京で、武士が、我が物顔でこの街を闊歩するようになってからも、また久しい。
そして、その京より西、キビの国は、先の乱で、守護であった盛前氏が、将軍家に攻め滅ぼされて以来、大大名と呼べるような家があらわれるでもなく、小大名が小競り合いを繰り返す、武士にとっては立身出世の格好の国であり、土を耕すもの達にとっては迷惑極まりない国であった。
そんなキビの国にある小国の一、大谷氏の居城では、城主の姪が、その叔父の面前に向かっていた。


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「叔父上、参りました」
「おお、来たか。さあ、こちらに」
「はい」
話のできる、失礼にならない距離に座ると、叔父上は持っていた扇子をぱたんと閉じた。
「今日は、そなたに折り入って話がある」
「はい、どのようなお話でしょうか」
黙ってしまう叔父上。生家を亡くした姪であり、ただの居候でしかない私に、叔父上は一体何を話そうとしているのか?話しにくい事?清廉潔白であるならば、落ち着けると言うものだけれど、そうもいかないから、表面上だけ取り繕う。
しかし、こうなると叔父上は、なかなか話始めない。
叔父上は、こう言ってはなんだけれど、代々続く旧家の主と言うのを体現したような人で、おっとりとして、楽天家である。上げ膳据え膳、よいしょよいしょの環境にいるせいか、あまり自発性と言うものが感じられない。この乱世にあって、身内としては、少し心許ない時がある。まぁ、そこは旧家ならでは、ここまで生き残ってきた理由がちゃんとあって、身びいきするわけじゃないけれど、家臣は、結構選り取り見取り幅広く人材や家柄が揃っていると思う。そして、それらに耳を傾けて、判断を下すのは、叔父上なのだから、それなりに相応しい主の器なのかもしれない。
しかし、他に誰もいないのでは、先に進むはずもないので、差し出がましいが、私が口を開く。
「叔父上?」
「ああ、話と言うのはな…まず、それじゃな。今日より、叔父上と言うのはなしじゃ」
「では、何とお呼びすれば?」
「父と呼ぶと良いかの」
「父上、とお呼びすれば…良いのですか?」
思ってもみない言葉に、目を瞬かせた。
「今より、そなたを養女にしようと思う。まあ、そなたは幼い頃より、ワシの許に居た故、今さらな感じもするが、滅びた萩原の娘と言うよりは、箔が付くだろう」
「なぜ、今なのですか?」
「急な事ではない。ずっと考えていた事だ。そなた、隆綱を知っているか?」
「はい、宴にて何度か、お顔を拝見しております」
「そうか、知っているか」
「叔父上の養女になる事と、隆綱殿と、どのような関係があるのですか?」
「関係は、きちんとある。まず、隆綱は、我が大谷の家にとって、なくてはならない男だ。ぜひ、縁を深めたい。だが、ワシの娘は皆、嫁に行っておる。そこで、そなたをワシの娘にして、隆綱の許に嫁そうと言う訳じゃ。隆綱は、良い男だ。悪い話ではないだろう?」
なるほど、そう言う事か。
しかし、良い男だとか、悪い話だとか、それ以前の問題として、隆綱殿には、正妻がおられるはず。そして、隆綱殿の愛妻家ぶりは、大谷の領内では、そこそこ有名だ。四十の声も近いと言うのに、二十二の時から供寝をしている愛妻一人しか、側に置いていないと言うのだ。しかも、その奥方は、大谷の旧臣、松田の家の出と聞くから、その方を押し退けてって事はないだろう。だから、つまり、私は側女として、隆綱殿の許に行く事になる。そんな事を、進んで、承知する娘はいるだろうか?
だが、私に反論する余地はない。
九つで、父と生家を戦で失った私は、母の実家である、この大谷の家で暮らす事になった。今まで何不自由なく暮らせたのは、一重に、この叔父のお陰なのである。何しろ、あの戦の後、父達の菩提を弔うため、出家した母に代わり、ここまで育ててくれたのは、叔父や大谷の家なのだから。いつかは叔父のために、大谷のために、何か恩返しをしなければならないと考えていた。
つまり、今が、その時なのだろう。
「はい、謹んでお受けいたします、父上」
「そうか、それは良かった。我が大谷の家と隆綱をよくよく深く繋ぎ止めておくれ」
礼をとって、下がる。


見慣れた大谷の家。
この屋敷からも離れるのか。武家の娘とは、全く流浪の民同然なのかもしれなかった。

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