戦国の花嫁■■■無声の慟哭05■


私は、大谷と白河の楔。奥方様に代わる、大谷の第二の厚情の証し。
確認しない私が悪いのだけれど、てっきり、奥方様がいる上に、さらに私が寄越されたのだとばかり思っていたから、困惑する。確かに、叔父上や大谷に、恩を返せればって思ってはいたけれど…心積もりをしてた以上に、責任重大なんじゃない?ただ居ればいいってだけじゃなくなってる。

ため息を一つだけ吐いて、先程通された部屋に戻ると、屋敷勤めの者らしい女衆が二人、慌てたようにして、こちらを見る。
「探させてしまいましたか?気になる事があったから、少し席を外してしまいました」
「そうでしたか。何かお気に障ったのかと…」
二人は視線を合わせて、本当によかったとばかりにため息を吐いた。
他家から迎えた花嫁がいなくなるなんて事、それはそれは一大事になる。尼将軍みたいに、望まぬ婚儀に、飛び出したと思われたかな?自分の軽はずみな行動を反省する。私はもう、私一個人だけの存在じゃなくなったのだから、もっと慎重に動かなくちゃダメだ。
気合いを入れ直す。
「いいえ、人が足りなくて困っているのでしょう?こちらが忙しいとは知らず、このように来てしまって、私こそごめんなさい」
「そのような。姫様は何もお気になさらないでください」
「そうですよ。此度の事は、皆、大谷の大殿様の仰せの事なのです」
「でも、まだ落ち着いてはいませんよね?」
「旦那様が、あのように静かでいらすのですから、私たちとても、取り乱すわけにはまいりません」
「悲しく、寂しくはありますが、奥方さ…いえ、あの方は、長く患っておられましたから、突然の喪失感と言うのもありませんし」
ああ、やっぱり、本当に、噂の奥方様は、つい先日亡くなられたんだ。だからこその私と言う存在なんだ。
「さぁさ、祝言の支度をいたしますので、どうぞこちらに」
「祝言?」
私の言葉に、また二人は驚いた感じで視線を合わせる。そして、困ったって感じで、眉を寄せる。
「姫様は、その…こちらへの用向きについて、ご存知ないのですか?」
「いいえ、そうじゃないの。急な事だったから、実感が沸かなくて。準備をお願いします」
「姫様…」
やっぱり、逃げ出そうとした花嫁って見なされたな。心配そうな表情に、なぜこの場を離れたのか説明しようと思ったけれど、若竹の泣き腫らした顔を思い出す。あのような幼子でも、武家の男子。若竹の名誉を傷付けたくはないと思った。
見栄を張るように、笑みを作る。
「この身の上を哀れだなんて思っていません。武家の娘など、皆このようなものでしょう」
「殿は、知略に長け、手段を選ばぬ恐ろしい方なんて言われたりしますが、それは戦場での事。私たちにはお優しい方です」
「それに、殿は、とても穏やかな方で、決して非なく怒ったりはされません」
「そうですね。そのように伺っております。それに、私も、大谷のお城で、何度かお会いした事があります」
さらに、にこりと笑みを深めれば、二人は、ほっと息を吐く。
その表情に、隆綱殿は、この屋敷のものに、とても好かれているのだなと感じる。

しかし、祝言か。
祝言。それは、つまり、夫婦の契りを結ぶって事だよね。

どうしよう。


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そして、その宵の事。
白河の一門が急遽集い、祝言の宴が催される事となった。

宴が始まるまでは、皆一様に隆綱殿を気遣うようにしていたけれど、いざ始まると一転、わいのわいのと場を盛り上げる。その上、私に挨拶をする時は、まさにハレの日!と言った表情と口上を述べるから、主人の立場をよく理解した人達なのだなと、なんだか申し訳ない気持ちになる。隆綱殿だけじゃない、皆もきっとお悔やみしたい気持ちでいっぱいなのに…。私と言う余所者がいるせいで、大谷に憚って、それもままならないなんて。でも、私がそんな風に思うのは、お門違いなんだろう。私のせいで、そうなっているのだから。その上で、皆明るく振る舞ってくれているのに、当の私が暗くなっていては、それこそ失礼だ。だから、精一杯の笑顔を見せる。
でも、私はただの側女として、ここに仕えるだけで、まして、祝言なんて挙げないと思っていたから、笑みを作ってみても、どうしたって戸惑う気持ちがある。奥方様の事は抜きにしても、隆綱殿もきっとそうなんだろう、と様子を窺うと、視線が合う。けれど、にこりと、優し気な笑みが返ってきたから、さらに戸惑う。 なぜ、私に笑顔を向けられるの?
私だったら、そんなの絶対に無理なのに。

どこからか軍太鼓を持ち出してきて騒ぎ出すその賑わいも、どこか遠くのものであるような気さえする。

寝屋に通されてから、さほど時を措かず、隆綱殿がやって来る。
夜なのだから、当然、夜具に着替えているわけだけれども、ほんの今朝まで、隆綱殿とそんな格好で対面するなんて考えた事がなかったので、視線をどこに持っていったらいいのか分からない。隆綱殿は、なんだろう、年長者だからなのか、歴戦の将だからなのか、平静通りにゆったりと私のところまでやって来て、座った。
その振る舞いに、私の中の武家の血が沸く。
女は度胸って言うじゃないの。
深く礼を取った後、深呼吸と共に頭を上げると、しっかりと隆綱殿の瞳を見定めた。
「不束者ですが、末長く、隆綱殿にお仕えいたします」
「姫、そのような。お顔を上げてください」
庭での対応と同じ。
私は大谷の者って言うのを、隆綱殿は改めるつもりはないらしい。
全く、叔父上は一体私にどんだけの期待を寄せてるんだろう?大谷と白河を繋ぐ新たな楔。考えてみたものの、やはり、それは、かなりの重責に思えるんだけど…。でも、私には、こうするより他がないんだ。何もできなかった私に、漸く与えられた役目。恩を返す数少ない機会。大任であればあるほど、返せるものも大きいはず。
「先ほどは、まだ祝言を挙げないままの客人でしたから、隆綱殿の礼を受けましたが、もう私は、隆綱殿の妻です。武家の娘として、嫁した暁には、妻である限り、主人である殿方に、誠心誠意お仕えする。そのように、私は決めていたのです。妻であるとお認めくださるのなら、どうかお許しください」
私の言葉に、その裏にある強い覚悟を感じ取ったのか、隆綱殿は、どう言い聞かせたものかと、視線を左右に動かし、困惑の表情を見せる。
「決して、隆綱殿を困らせるような事はしません。ですから、許してくれませんか?」
「分かりました」
「ありがとうございます」
夫に、誠心誠意仕えるのなら、黙って夫である自分の言う事を聞け、とか、私を黙らせる事だってできるのに、それをしない。そんな情も何もないすぱっとした切り返し、隆綱殿ほどの方なら、容易いだろうに。本当に、優しい方なのだなと感じる。それとも、小娘の戯わ言。ここは白河の者しかいないのだから、大谷に気兼ねする事もないし、好きにさせとけばいい、などと考えたのかな?
結局、私は、押し付けられた者に相違ないんだ。

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