戦国の花嫁■■■無声の慟哭07■


自分ではない人の温もりに触れ、もう反射的に、びくりと体を震わす。それを、隆綱殿は、どう感じ取ったのか、大丈夫ですと、優しく微笑むから、居たたまれない気持ちになる。私が恐れるのは、未知なるものではなく、既知であるからこそのものだったから。勘違いをさせていると分かっているけれど、どうしても、心中を吐露する勇気はなかった。

何の前触れもなく、ふわりと抱き上げられ、思わず、隆綱殿にしがみつく。
「大事な姫を落としたりなどしませんよ」
ふふと笑みを溢す隆綱殿は、あくまで落ち着いているから、少し臆病すぎたかもしれないと、手の力を抜いて、見上げる。瞳が重なると、笑みが優しくなる。ふっと顔が下げられ、口付けられる。それは、前髪の上から、額に触れるか触れないかのところ。ちゅっと音がして、すぐに離れる。瞬き一つせず見ていた私に、隆綱殿はさらに優しく微笑むと、視線を別の場所に向ける。その先には、先程と変わる事なく、灯火がゆらりゆらりとしていた。
「明かりは、どうされますか?」
「消して…いえ、消さないでください」
得も言われぬ恥ずかしさが口を突いて出るけれど、即座に否定をする。真っ暗闇では、何も分からず、それが何よりも恐ろしい。
隆綱殿は、私の狼狽えをまたしても違うように解釈したようで、小首を傾げ、私を見つめる。本当は消したいけど、殿方は明かりのあるままを望むと教えられているとでも思われた?まぁ、普通、初夜から明かり点けといてって言う花嫁は、珍しいだろう。実際、即座に出た言葉がそれを物語っていると言ってもいいし。そんな年頃の乙女のような感情を、まだ持っていたとは驚きだ。
「私はどちらでも構いません。消しましょうか?」
「いいえ!本当に、消さないで欲しいのです」
大きくかぶりを振る。その時、一瞬だけれど、隆綱殿の笑みが消えたように感じる。え?と思った時には、もう微笑んでいたので、気のせいかもしれない。
「闇は、お嫌いですか?」
「あ…はい」
それが理由になるのならと、頷いた。
小さな頃から、不思議と闇を怖いと思った事はなかった。むしろ、男子の龍丸より平気なくらいで、夜の探検に龍丸を引っ張り出しては、泣きべそを懸命に堪える龍丸を笑ったものだ。
「そうですか…では、そのままに」
隆綱殿は、私と燭台とを交互に見遣って、ふむと頷くと、二流れ敷かれた布団の一つを踏まないように下から避けて、回り込む。一歩一歩、踏みしめるように進んで行く揺れに、今度は怖さからではなく、隆綱殿の衣を握りしめた。その途端、ふっと笑みが洩らされ、さっきと同じようにして、額ぎりぎり上に口づけが落とされる。伺えば、隆綱殿はやはり笑顔だったから、意を決して、手の力を抜いた。

そっと降ろされ、隆綱殿の腕が離れていく。それは、いつ布団に触れたのか分からないくらいで、一瞬、綿がたくさん入っている、どんな重さも吸収してしまう、とても高価な布団だろうかと思ったけれど、すぐに布団の下に畳を感じる。あぁ、普通の布団だ。でも、そりゃ、そうだろう。叔父上の布団だって、毎年春が落ち着いて来た頃には打ち直したりしてるけど、そんなに分厚くはないのだから。
つまり、どすんと手荒に放られたのではなく、まるで、唐渡りや京下りの珍品や瀬戸物を扱うかのように、私じゃ考えもつかないくらいに、そっと降ろされたって事らしかった。
そして、隆綱殿の手の甲が、顎から頬をゆったりと撫で上げる。うぶ毛に触れるくらいの軽い動き。
えと…え、何、これ?あり得ないくらいに、狼狽える。だって、こんな事知らない。そうこうする内に、ぞわぞわとしたものが沸いて、思わず、その手に自分のそれを重ねた。ふっと隆綱殿は楽しそうに笑うと、構わずそのままその手を握りしめてしまう。そして、ずり下がった袖口から覗いた手首に、軽く口付けられる。二度目、三度目…段々と押し付けるよう、強いものになっていく。ふっと吐息を感じたと思ったら、ぺろりと舐められる。ちょっとざらざらとした肌触りが、つぅっと手の先の方に辿っていく。いつのまにか、隆綱殿の手に導かれ、手を差し出すような格好になっていて、知らず握りしめていた拳の骨張ったところで、ちゅっと音を立てると、ちろりちろりと舐められる。

手ばかり触られてる状況に、あれ?これが、夫婦のする事?だとしたら、私、勘違いしてたのかな、と思う。そもそも、夫婦の事など、乳母のいなかった私はきちんと教えられてない。ただ何となく聞きかじった事から勝手に推量してただけ?あれは、ただの暴力だった?
そんな風に、ほっとしたのも束の間、隆綱殿の体重を感じ、ぎくりとする。でも、それほどの落胆がなかったのは、多分勘違いだって分かってたからなんだろう。
始めはどうであれ、行き着くところは同じ。
胸の内で、小さくため息を吐いた時、隆綱殿がふっと私を見る。ぼんやりとした明かりの中、飴色の瞳は、透き通った色はそのまま、色の深さを濃くしている。慈しみを湛えているかのような、穏やかな色。玻璃でできた瞳のようで、ゆれる灯に照らされ、その色を変え、不思議な輝きがあった。

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