戦国の花嫁■■■無声の慟哭08■


与えられる刺激に、反射的に目を閉じそうになるけど、怖くて、目は瞑れなかった。隆綱殿を視界に捉えている限り、私は隆綱殿に抱かれていると実感できる。でも、目を閉じたら、隆綱殿が見えなくなってしまう。何も見えない闇は、隆綱殿の存在をあっという間に消し去ってしまうだろう。
そうしたら最後、あれらを思い出してしまうだろうから。そして、その闇に取り込まれてしまえば、私は平静ではいられなくなって、きっと失態を犯す。

隆綱殿の指が、一本、密壺の入り口でくるりくるりと円を描くと、そろりと中に入っていく。
ああ、とうとう、分かってしまうんだろうか。ぼんやりとした思考の中、そんな風に思い、体を固くするけれど、意に反して、くぷくぷと呑み込んでいく。
少し太めの指は、ゆっくりとした動きで、私の胎の良い場所を探るように、出入りを繰り返す。内襞を逆撫でされ、痛むようなもどかしさが生まれる。
そこ、ちがう、もう少し、右…あ、そこ。
隆綱殿もそれに気づき、そこへの攻めを強める。
「はぁぅ…んんっ」
漏れる声を留めてはおけなかった。指は過たず、そこを捉え、じわりじわりと私の熱を上げさせるから、自然ねだるように、腰を浮かしてしまう。そして、自分の意思と関わりなく、女の性が、私を動かし始める。 それが、一番、傷つかない方法。だって、熱に委せて、思考も行動も、全部ないものにしてしまえば、その間だけでも、現実を忘れられる。それが、恐怖から、暴力から、圧制から、全ての事から、自分を守るため身に付けた知恵。
でも、視線だけは、ただ隆綱殿を見つめる。生理的に溢れる涙で揺れる視界が、私のその意識さえも奪おうとするけれど、でも、必死に耐える。
「あ、ぁあああっん」
正確なだけではなく、心地よく動く指の動きに、堪らず、腰を揺らし、背を反らせ、果てる。意識が飛びそうになるけれど、必死に耐える。だめ、隆綱殿を見るのよ、私…そうしないと。浅い息の中、必死に、隆綱殿を見る。
隆綱殿は、笑みを優しく浮かべたまま、じっと私の瞳を見ている。
挨拶した時と変わらない、私を大谷の縁者と見なす瞳。ずっと変わらない、本当に、私を抱いてるのかってくらい、その微笑む表情は、穏やかだった。
「姫…よろしいですか?」
ああ、とうとう来てしまった。
理性は逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
きっと、隆綱殿は、否と言えば、止めてくれる。だけど、体は物足りな気に疼くばかりだから、哀しいかな、そちらの欲の方が勝ってしまう。
後の事なんて知らない。今はこの熱をどうにかして欲しかった。
「私は平気です。全て、隆綱殿のよろしいように…その、してください」
「分かりました」
そこで初めて、隆綱殿は、夜具の腰紐に手を掛けると、するっとそれを外し、一糸纏わぬ姿となる。
鍛え上げられた肢体は、均整がとれ、武を生業とする人だと思い、驚いてしまう。隆綱殿は、このキビで名を知らぬものがいないほどの軍略家であったから、頭脳一辺倒で、もう少し細身であると思っていたのだ。けれど、知だけではなく、武も兼ね備えているからこそ、様々な危地さえ乗り越えられてきたのだと知った。
太股の内側をやわやわと撫で上げられて、ふっと力の抜けた瞬間に、見計らったかのように、膝頭にあった手が、ぐいっと足を開かせる。もう一度確かめるようにして、指が入り口を探ると、つんつんと、先でその回りを刺激するから、本当に始まるんだと、ごくりと喉を鳴らした。
一つになっていく体。十分に濡れていた胎は、猛った塊さえも、難なく奥まで咥えてしまった。言い訳のできない状況。
ゆっくりとした動きで、隆綱殿は、私を見つめる。色を濃くした飴色の瞳は、困惑にゆらめいている。
当然、瞳を逸らしたい気持ちで一杯になるけれど、今の私にそれはどうしてもできなかったから、同じようにして見つめ返す。
相変わらず、体は熱かったけれど、背はヒヤリとし、意識が鮮明になる。
絶対、分かってしまった。気付かれてしまった。
私が、生娘ではない事を。
はしたない娘だと思うだろうか。手垢の付いた女子なんか抱く気など失せるだろうか。でも、私からそんな事を言う勇気もないし、たとえ、呆れられたとしても、私はここにいなくてはいけない。どうしよう、どうしよう、どうしたらいいの?具体策を考えられるはずもなく、どうしようと、そればかりが、頭を巡る。
それから、隆綱殿は、驚いて見開いたままだった瞳を微笑ませると、私の頬をそっと撫でる。
「大丈夫です。…怖がらないで」
その言葉に泣きそうになる。
だって、本当は怖かった。
体は順応しても、心は慣れない。男の人の圧倒的な力が怖い。私の何もかもをむき出しにしようとする動きも、全てが怖かった。
その怯えを、隆綱殿は感じ取ったと言うの?一体、どこまで分かってしまったの?
でも、そんな私を抱く事を止めようと思ったわけではないみたいで、少しほっとする。
隆綱殿は、それから暫く私を見つめたまま、頬を撫で続けた。手のひらで頬を包み込み、ゆっくり、ゆっくり、指先が動く。少し熱いくらいの手は、当然の事ながら武骨で、手の皮は信じられないくらい厚くて、全然柔らかくなんてないのに、不思議なくらい心地よかった。
この方なら、大丈夫かもしれない。酷い事なんてしないかもしれない。そんな風に思うけれど、私の中の恐怖は、そう都合よく消えてなくなる事はなさそう。
でも、少しの融解で、繋がりかけの場所が甘く痺れていく。それを感じ取ったのか、隆綱殿が動く。何の抵抗もなく、私の中は隆綱殿の動きに従う。
手のひらと同じように、ゆっくり、ゆっくり、抜挿が繰り返される。その静かな動きとは裏腹に、あっという間に、感じる場所を見つけられ、抉るような力強い刺激が与えられ、どうしようもなく私は蜜を溢れ出させる。ぷくぷくと蜜と空気の混ざる音がする。
初婚だというのに、こんな初夜を迎える花嫁なんていない。こんな風に喘いでねだるように腰を揺らす花嫁なんていない。そう思うのに、止められない。
徐々に激しくなる腰付きに、視界がぶれる。瞬間、隆綱殿の顔が、視界に捉えられなくなって、焦る。何とか伸ばした腕は、あっという間に、床に縫い付けられてしまう。
打ち付けられる男の欲望。
荒い息遣い。
今与えられる全てのものに、私は恐怖した。
さらに、強められる動きに、これから、起こるであろう事を想像して、私は耐えられなくなる。
「お願い、いや、やめて、出さないで、中は嫌。出さないで。いや!」
半狂乱。それに近い状態で、私は叫び、私を支配するものから逃れようと、もがく。必死に押し退けたものの動きがぴたりと止まり、びゅふっふっと、生ぬるいものが体にかかった。
そして、はっと、我に返る。
「すみません…お顔にかかったりは、していませんよね?」
荒い息のまま、尋ねられる。
ああ、この声は、隆綱殿のものだ。
固く閉じてしまった瞼を開ける。そう気付くと、今しがたした自分の行いがどうしようもないものだったと思い至る。
ここは、白河の屋敷。大谷の、あの鳥籠のような部屋ではない。まして、親兼もいない。親兼などいるはずもないのだ。そのような分かりきった事を忘れ、なぜ、あのようなみっともない真似をしたのか。
理由は、簡単だ。親兼に強いられたあれらの恐怖は、私の心にも、そして、体にも、根強く蔓延っているって事。親兼が、笑っている気がした。ようやく離れられると思ったのに。
でも、負けるものか。私は、強く、逞しくあらねばならない。あんな事で、どうにかなってはならないし、どんな事があろうとも、生き延びて見せる。
頬にかかった生暖かいものを、遠慮がちに拭う。
「大丈夫です。隆綱殿、申し訳ありませんでした」
「いえ、謝る事など何もありませんよ」
「いいえ!明らかに私の失態です。次は、きちんとしますから、どうか、もう一度お願い致します」
隆綱殿は、驚いたように目を見開いた後、困ったように微笑んだ。
「姫の仰る通り、もう一度致したいところではありますが…私はそれほど若くはありません」
「え?」
「つまり、一夜に、二度、姫を味わう事は、難しいようです。お許しくださいますか?」
「…あの、隆綱殿が、そう言うのなら」
「申し訳ありません。では、ゆっくりとお休みください」
そう言うと、隆綱殿は、夜具を再び纏い、床に就いてしまった。
一夜に、二度できない?
若くないから?
まだ十分、溌剌としているように見受けられるけれど。それとこれとは、また、別の話なのかしら?
殿方の体の事など知らなかったけれど、当の隆綱殿がそう言うだから、そう言う事なのだろう。殿方と言うのは、皆、飽く事なく果てしない欲望をその内に宿していると言うわけでもないらしい。

二度はないんだ。今夜はもう自由なんだ。

そんな風に思い、ほっとした自分に、びっくりする。そうよ、失態だったのだから、安堵してどうする。隆綱殿は、一体、どう思ったんだろ?呆れを越えて、面倒だって思った?謝る事はないって言ったけれど、それは本心なわけない。武家の娘だからとか、恩が大事とか、あんだけ啖呵切って、このザマだもの。かっこ悪。ただ、生娘でないのを知られる事ばかりに気を取られていたけれど、まさか、あんな醜態を見せる事になるなんて。
でも、うやむやになってしまったけれど、何を聞かれたところで、私に言える事は何もない。本意ではなかった、抗えなかったなどと言ったところで、自己擁護にしか聞こえないに決まってる。どうであれ、事実として、私は生娘ではなかったのだ。
深く追求されなくて、良かったのか悪かったのか。聞かないのは、隆綱殿が、私よりずっと大人で、世の酸いも甘いも知り尽くしてるからなんだろうか。

そっと、その気配を窺ってみると、寝息が聞こえてくる。

…もう、寝よう。


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