戦国の花嫁■■■無声の慟哭19■


「お姫様は、どんなお話を知ってるの?」
「えー、女子向けの話なら、いくつか話せるけど…若竹が好きそうなのでって言うと、そうだなぁ、曽我兄弟の話なんかは、ある程度話せるよ」
「そがの…兄弟?」
「曽我十郎と五郎って、聞いた事ない?」
「ううん、ない」
「そっか。武家の物語としては、有名なのかと思ってたけど。若竹は、そう言うのだと、何を読んだの?」
「嘉吉記。父上が、参考にしなさいって。お姫様は、読んだ事ある?」
「ちゃんとはないけど、親戚の事だから、大筋はね」
「あ、そっか。お姫様は、大谷のお城から来たのだものね」
「そうなんだけど、大谷の父じゃなくてね、生まれの父の本筋のが近いの」
「生まれ?」
「私ね、大谷の養女なの。大谷の父上は、血でいけば、母方の叔父に当たるの」
「え、そうだったの?」
「うん、ほんとは、お姫様じゃないの。滅亡武家の生き残り。大谷には、ただの姪。言わなくて、ごめんね」
「そんな事ないよ。大谷のホントのお姫様じゃなくたって、お姫様は、お姫様だよ。僕、言ったじゃない。真っ赤で綺麗だから、お姫様と思ったって」
「…ありがと」
「お姫様は、僕の思うお姫様まんまだったんだから。そんな顔しないで」
小さな手が、私の頭を撫でる。
隆綱殿とは違う温かさ。勇気を貰える。頑張れる。
「ところでさ、嘉吉記って、何の参考になるの?」
「お姫様もそう思う?僕も読んだんだけど、父上が言った意味が分かんなくて」
「聞いた?」
「参考にしなさいって言ったら、それは僕が自分で気付かなくちゃダメだもの。だからね、ずっと考えてるの」
「そっか、ちゃんと自分で見つけようとするなんて、えらいね」
「でも、まだ見つかってないもの。…ねぇ、お姫様?」
「うん?」
「もし見っけられたら、そん時、えらいねって言ってくれる?」
「もちろんだよ」
参考ね。…参考か。
嘉吉記は、キビの東隣り、バンの国を本国として栄えた赤松氏の話で、嘉吉の年中に赤松氏が起こした前代未聞の大逆罪から再び将軍家に出仕を許されるまでの話を、氏の興りからそれに関連する歴史事実も踏まえつつ綴られた軍記物の一種だと思っていたけど。
赤松と白河…って接点があるかなぁ?確かに、主家の大谷は遠縁筋だけど、隣国とは言え、国が違うから、特にここらの歴史を学ぶってわけでもないだろうし。片や幕府でも要職に付けてた家と、片やまったくの新興の家。でも、赤松だって、もともとが正統な武家じゃないし…赤松の歴史そのものを語ってるから、それが参考になるのかな?でも、そんな家、他に五万とあるような。なんで、赤松、嘉吉記なのか…。
うーん、考えても、分かりそうにないな。きっと殿方にしか…いや、鬼神にしか分かんない参考になる話なんだろう。
えーと、分かる日がくると良いね。そん時は、すごい褒め称えるよ。がんばれ、若竹。

「そんで、そがの兄弟は、どんなお話なの?」
「曽我兄弟はね、坂東であったお話で、小さい頃から何年もかけて漸く、父上の仇を討った兄弟なの」
「あだをうつって、何?」
「うーん、もののふの道と言うか…名を惜しみ命を軽んじて、亡くなった人の怨みを晴らす事…かな?」
「うらみをはらすの?」
ますます分からないって感じで、若竹は首を傾げた。
怨みって、分からないのかな?どう説明したらいいんだろう?そもそも、こんな年頃の稚児にとって、怨みなんて感情はないって事?だとしたら、龍丸も迷うことなく、安らかに浄土に行けたのだろうか?
「お姫様?」
若竹が、黙り込んだ私を不安そうに見ている。
「あ、うん。若竹には、まだ早い話だったかもしれないね」
「そんな事ないよ!僕、武士の子だもん。その、そがの兄弟だって、僕と変わらない頃から、あだをうとうとしてたんでしょ。僕にだって、うらみをはらすって、理解できるもん。ちゃんと、教えてくれなきゃ、イヤだよ」
私の言い方は、何やら、若竹の大事な部分に触れてしまったようで、頬を膨らまして、力説される。こんなに幼くても、ちゃんと武士としての誇りがあるものなんだと、感心する。
「じゃあ、少しずつ話すよ。怨みを晴らすって、言われるだけじゃ、どんな気持ちなのか、分かんないかもしれないけど、曽我の兄弟の話を聞けば、分かるようになるかも」
「ほんと?じゃあ、探しに行こうよ!」
「へ?」
「書庫にあるんじゃないかと思うの。だって、有名な物語なんでしょ?」
「あー、なるほど。よし、行こうか!」
立ち上がって、手を伸ばすと、体いっぱいで腕まで掴まれて、早く早くとばかりに引っ張られる。
かわいーなぁ、もう。
そんな事につい、でれっとしてしまうのは、仕方ない事だ。
でも、大分、若竹の目が赤くなる時が減って来たように感じる。全然癒えてなんかないんだろうけど、それでも笑顔を見せてくれるから、ほっとする。若竹の時は、確かに前に進んでいるのだ。
やっぱり、武士の子は強いな。
私なんかより、ずっとずっと強い。

書庫には、曽我物語が、なんと何揃えかあるようで、まずはどれがどの揃いなのか分別する必要があって、揃えてみても、いくつか、あぶれた冊が出たのは、言うまでもない事かもしれない。

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