戦国の花嫁■■■無声の慟哭20■


三日に一度やってくる夜は、回を追う毎に、私の心を重くしていくけれど、逃げ出すわけにはいかない。

今夜こそは。
何度そう心に決めただろうか?

灯火一つを頼りに、隆綱殿を見つめ続ける。

隆綱殿は、その私の視線の意味に気付いてるのか、いないのか、時折視線を合わせると優しく笑ってくれる。私の散々の失敗にも、隆綱殿はありえないくらい寛容で、これはつまり、若竹が言うところの、本当に悪い事ではないから、嫌みを言われたり、叱られたり、怒られないのだろうか。それとも、本当にどうだっていいから、何も言わないのだろうか?でも、向けられる笑みの柔らかさに、短絡的な私は、どうしたって良い方に楽な方に考えてしまう。
さらに体まで、こんな風に熱くさせられてしまうと、最後がどうだとかはうっちゃって、隆綱殿に全てを委ねてしまいたい気持ちでいっぱいになってくる。その衝動に駆られて、谷間と言うにはちょっと足りてない胸の真ん中に顔を埋めている隆綱殿をぐっと抱き寄せる。弱いながらも押さえつけられても、隆綱殿は器用に呼吸をした上で、難なく舌を動かして、ちぅっと肌に吸い付く。そのちょっと痛みを感じるくらいの強さに、隆綱殿に回した腕に力を込める。次をねだるかのような私の反応に、隆綱殿は気前よく何度も応えてくれる。その口づけが、段々と上に上ってきたので、慌てて、隆綱殿の頬を両手で挟む。
「あのっ!」
「うん?」
私の慌てる気配や添えられた手など全く気にせず、隆綱殿は鎖骨のちょっと上に吸い付いた。ちくっとした痛みの中に見え隠れする甘い熱が広がり、止めようとしているのを忘れてしまいそうになる。
あれ……えと?でも、どうしてだっけ?
止めなきゃいけないのは覚えていても、どうしてそうせねばならないのか思い出せない。理由が曖昧なままでは、どうしたって、甘い欲に流されてしまうのを止められない
そうこうする間に、もう一度、鎖骨の辺りに、そして、喉の上にと、どんどんどんどん、隆綱殿は上に進んでいく。耳許に感じる隆綱殿の吐息と共に、体を走り抜けた得も言われない痺れを感じてようやく理由を思い出した。でも、もちろん、隆綱殿は止まる事はない。耳の裏をぺろりと舐めて、ちゅっと音を立てて耳の上に口付ける。
その時に僅かにできた隙間に手を差し入れて、隆綱殿の口を塞いでみたものの、反対に掌の縁を甘噛みされて、驚きで手を離した。目を瞬かせながら、隆綱殿と手を交互に見やる。
その慌てようが可笑しかったのか、隆綱殿は笑う。
「隆綱殿!」
「うん?」
「耳は、その…ちょっと」
「そうでしたか。すみません」
そう言って、耳のほんのすぐ下をぺろりと舐める。そのまま口付けが落とされそうな勢いに、首を大きく仰け反らせた。
私のその反応に、隆綱殿は即座に体を離し、見定めるように私を直と見つめる。その真剣さに、誤解させたのだと悟る。
「隆綱殿が嫌だとか、やめたいとか、これ以上無理とか、そう言う事じゃなくて」
こんな言い方じゃ、強がりだと感じるんだろうか?隆綱殿の表情は固いままで。
「首から上は…その、困るんです」
誤解されたくない一心で、そう正直に告げてみるものの、隆綱殿は合点がいかないって顔をするから、一気に崖っぷちに追いやられた感が募る。今の今まで、あんだけ跡付けといて、なんで分かってくれないの?
でも、思い出されるのは、されるがままだった口付けの跡を、いとけない若竹に指摘された時の、あの何とも言えない罪悪感。
それと羞恥心とを天秤にかけてみるけれど、どう計ってみたって、若竹に勝る重さはないので、躊躇いながら、こんな暗がりでは見つけられないくらいまで消えかかってる場所を指し示す。
「こんなとこ、だとですね…着物で隠せないので」
「姫は花嫁なのですから、別に隠さずとも」
今度は、なるほどそう言う事かなんて言う間もなく、すらっととんでもない発言をする隆綱殿。加えて、その表情は、むしろ、隠さず見せる方が、回りは上手くいってるのだと安心するだろうと言っているようだった。
何、その恥ずかしすぎる指標は!!
そりゃ、分かってる大人は、気付いても、にやっとしてそっと触れずにおいてくれるでしょうよ。実際、この前の夜の後、赤くなってるなんて知らないまま、昼日中、文書やらモノやらを手に屋敷を彷徨いてたにも関わらず、誰一人として、そんな事おくびにも出したひとはいなかった。でも、気付いてないはずはない。だって、あんな場所が赤くなる理由を知らない若竹でさえ気付いたのだから。それとなく、そんな視線を向けてるひとなら、あの一ヶ所だけじゃない、他の場所だって目に留めたに決まってる。
だからこそ、指摘される何倍も恥ずかしく感じたのだ。
別に隠さずとも、ですって?
そんな風に言えてしまうのは、男の人故なのか、鬼神だからなのか…。

とにかく、この場で分かってもらえる事はないのだろうと薄ボンヤリと感じられるようになったのは、少しでも隆綱殿の事を理解できるようになったからなんだろうか。

次≫≫■■■

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