戦国の花嫁■■■無声の慟哭21■


見える場所には云々、については、隆綱殿は確固たる信念があるって訳ではなかったようで、姫がそう言われるのでしたら…と言った感じで、承諾してくれた。でも、なんでそんな事を言うのだろう?って感じが満載だから、今後だって、うっかりと言う事もあるかもしれないから、朝の着替えの時は、細心の注意を払って確かめる事にしようと心に誓う。
とは言え、そんな事後の留意など、与えられる激情によって、あっという間に頭の隅に追いやられてしまって、今あるのは、ただ触れられる全てが熱い事だけ。

身体中の熱を集められて一気に放出させられる。

どうしてだろうか、少しも先に進もうと言う感じがしない。
いつかの時みたいに、私の意識を飛ばしてしまう気だろうか?そして、その間に終わらせてしまうつもり…?
それなら、それで、いいのかもしれない。
そんな道具みたいな扱われ方に恐れを感じるけれど、人として接する方法を悉く拒絶してきたのは、他でもない私自身。文句など言えるはずもない。そして、それは、隆綱殿も承知で。隆綱殿は、一度として、私を軽視したり、脅かしたりした事がない。その隆綱殿が、選んだのだ。
だから、つまり、これが最後の手段なのだと思った。
仕方のない事、どうにもならない末の結果。そう思えるのに、ひどく心が軋む。
でも、滲む涙の意味を考えないようにして、隆綱殿の動きに集中する。

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姫。
そう呼ばれて、目を開ける。
隆綱殿が、じっと私を見つめている。
体の感覚と呼吸の荒さに、それまでの状況を思い出す。
実感はないけれど、終わったのだろう。
「姫、お体は?」
「はい…大丈夫です」
そう返事し終わる前に、隆綱殿は、私の胸にかぶり付くと、手は脇を撫でて下がり、大腿の内へと進んでいった。
「あっっ!」
思わず、驚きと戸惑いと心地よさの入り交じった声が出る。下がりかけた熱はあっという間に沸き立つ。
何?嘘、終わったんじゃないの?
そう言う戸惑いも束の間、終わっていないのなら、隆綱殿に従うしかないと思い直す。

それから、何度か、視界が真っ白くなったけれど、隆綱殿の手は止まらない。そっと私の意識を冷まさせると、私に手を伸ばす。
どういうつもりなんだろうか?意識が飛んでる間にって事じゃないの?
「やめてくださっ…もう、私」
不安から、私は口を開かずにはいられなくなる。
隆綱殿の動きを遮るには、足りてない手の力だったけれど、私の意志は伝わったようで、隆綱殿は体を起こす。
「なんとかなると思ったんですけどね…」
そう言って、隆綱殿は眉間にシワを寄せた。
何が、なんとかなるの?何か分かんないけど、とにかく、今、なんとかならなかった状態?何を諦めようとしてるの?もしかして、私がどうにもならないって判断を下したって…事?そんなのダメ!
「隆綱殿!」
「え?…なんでしょう?」
「どうかお願いです、やめないでください。これでやめられたら、私」
荒い息の中、何とか言い切る。
私の剣幕に、隆綱殿は目を丸くすると、首の後ろを掻いて、視線を斜め左に上げる。その様子を見て、端と気付く。
今の言いようではまるで、破廉恥そのものではないか。
「あの、そうじゃなくて!いえ、やめて欲しくないんですけど、そう言う意味ではなくて、…つまり、あの、私に欠点があるのは分かってます。けれど、どうか、夫婦の勤めとして、お願いしたいんです」
慌てて、口を開くけれども、伝わっているのかどうか。言えば言うほど、誤魔化そうと、偽りを塗り固めていくような気がする。
隆綱殿は目を丸くしたまま、暫く私を見て、優しい笑みになる。
「そのように言い訳のような事を言わずとも、心配は不要ですよ。姫が、大谷よりの花嫁として、白河との楔になろうと心を砕いてくださっているのを、私は心得ているつもりです。だから、そのような顔をなされるな」
「…すみません」
「謝るのは、私の方です。色々と言葉が足りなかったようで、姫を混乱させてしまいましたね。さっきのは、なかば、独り言のようなもので…姫自身がどうこうと言う話ではないのです」
「では、隆綱殿がただお嫌になったと言う事でしょうか?」
「姫が、武家の花嫁に徹しようと覚悟されてるのに、男の私が、好き嫌いで物事を決めては、あまりにも情けないですよ」
じゃあ、一体、どう言う事なんだろうかと、首を傾げた。最後までいくために、どうにかしようとしてるんだよね?
言い様のない沈黙が流れるけれど、何をどう尋ねていいものか、口を開くのを躊躇うしかない。
「姫をこのようにまでしておいて、とても言いにくいんですが」
「はあ…?」
「全く準備が調う気配がないんですよね…。一応、兆しをうっすらとは感じるんですけれど、どうにもこうにもさっぱりで」
何の話を始めたの?準備って、何の?
意味が分からなすぎて、眉間にシワが寄る。それを見た隆綱殿も困った顔をした。
「お耳を汚す事になりますが、ぼかさず、はっきり申し上げても?」
耳が汚れるって、一体どんな恐ろしい事だろう。でも、私が理解しなければ、話は先に進みそうもないから、怖々頷く。
「男として何とも情けないんですけれども…ここのところの出しすぎで、腹の種が尽きたようなんですよ。だから、あれ以上先へは進めなくて」
「え?出しすぎ?種が?種って…ぇえ?!あの、まさか、じゃあ、もうできないんですか!?隆綱殿、そうだとしたら、これから、どうすればいいのでしょうか」
種がないのなら、子は成せないのではないだろうか。産み歳を過ぎると女子は、子を産めなくなるから、若い内に結婚をするのだと聞いた事はあったけれど、男の人にもそう言う年齢があったなんて。あれ?でも、いつの代かのスメラギは、還暦を越えて、曾孫くらいの歳の離れた子がいたって…うん?隆綱殿は、一体おいくつだったっけ?還暦は、近くない、よね?
改めて、まじまじと隆綱殿をじっくり見てみるけれど、記憶にある大谷の祖父だって、こんなに若くなかったなと思う。
つまり、種が尽きるのは、年齢じゃなくて、人により、まちまちって、事?うーん。
そんなの分かるわけもないから、首を傾げるしかない。
しかし、百面相だったのは、隆綱殿も一緒で。当然初めは、私が何を言ったのか分からないって顔をしてて、急に、何かに思い当たって可笑しそうに笑ってから、考えるようにして、瞳を左右に振って、それでも考えたりないのか、顎に指をやってる内に、私の不穏な視線を感じたのか、首の後ろを掻きながら、本当に困ったって感じで、苦笑した。
「うーん…お耳どころか、お心まで汚すようで、何とも心苦しいんですが。ご心配及ばずとも、今、腹にないだけで、出さねばその内溜まります。三日あれば十分と思ってたんですけど、若い時ほどの溜まる勢いがなくなったようです」
「じゃあ!…いや、あ、えと…その」
何日かすれば、また大丈夫になるんですか。へぇ、子種ってなくなっても、時間をかけて、溜まるものなんですね、良かった、などと続けようとして思い止まる。私って、本当に反省をしない人間だ。またしても、思い付くままに、恥ずかしい事を口走ってしまうとは。
しかし、そんな仕組みだったなんて。清水のように滔々と湧いて出るわけじゃないのか。そうか、だから、一夜に一回とか、三夜に一回とか、なのか。
…納得してしまったけれど、そんな事知りたくなかった!男の人の事情なんて、男の人さえ心得てればいいだけじゃないか。何もこんな年端もいかない小娘に、正直に話さなくっても!実直で堅物な人ならまだしも、隆綱殿みたく鬼才な人なら、いくらでも誤魔化せましたよね?
と、心中、そこまで罵ってから、あっとなる。

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