戦国の花嫁■■■無声の慟哭22■


言わざるを得なくさせたのは、私自身のせいだ。
本来なら、夜の事なんて普通に済ませられてたはずで、もともと、こんな風に妻から夫君に無理強いをさせるはずのものではなくって、むしろ、夫君主導で行われるはずのもので…こんな状況に陥ったのは、私が上手く受け入れられないせいだったのだ。
回数を増やせば、子が成るわけではない。子宝、つまり、人の力ではどうにもならない、贈り物のようなものなのだから。
「…すいません」
「うん?」
「私が無理にと、お願いしたせいですよね」
自分の情けなさに、隆綱殿の反応を見てられなくて、俯く。
私の言う意味が分かったのか、隆綱殿は、あー、と困ったように声を延ばす。
あぁ、本当に、私って、ずるいな。
だって、謝罪したって、隆綱殿は優しいから、許さざるを得ない。こうなったのは、自業自得なんだぞ、などと責められるわけない上で、こんな風に謝ってみせたっては、本当の意味で、謝罪になんかなってない。
本当に悪いと思ってるのなら、隆綱殿を受け入れられるように、少しでも努力して…ううん、それよりも、絶対に大丈夫だって確信が持てるまで、夫婦の事を望むべきじゃない。できもしない事を自ら望むのは、子供のわがままと変わらない。
そう思うのに、今ここで、そう口にしてしまう勇気が、どうしても出ない。それを言ったら最後、隆綱殿に見放されてしまう気がした。大谷に何も返せず、白河にさえいられなくなってしまう。そんなのいやだ。
泣くのは、ずるい。けど、滲む涙を堪えれるほどの気力は、もう私にはない。誰を頼る事もできない心は、見せかけばかりの張りぼてで、信じられないくらい脆い。
「そう気を病まれますな」
温かな手が、俯いた私の後頭部を、ぽんぽんと撫でる。
「言ったでしょう?若い時ほどの勢いがなくなったせいだと。私が、姫と同じ頃の若武者であったなら、何の問題もないのです。歳が離れていれば、考え方が違うだけでなく、体の感覚もまた違ってくるものなんでしょう」
歳の問題なんかじゃないのに、そんなの隆綱殿だって分かってるはずなのに、それでも、諭すようにゆっくりと話してくれる。
その優しさが、ひび割れてぼろぼろの心に染み込む。大谷と隆綱殿の関係があるとは言え、それを差し引いたって、こんな赤の他人同然の私にも、隆綱殿は、優しい。でも、歴戦の将が、優しいだけの人であるわけないって事くらい、私にだって分かっている。こんな、私の意思を尊重するような、回りくどい事をしなくったって、体を繋げてしまえる事、知らないはずなんてない。それでも、優しくしてくれる。私の心を気遣ってくれる。それは、大谷への忠だけじゃない、私への情がほんの少しでもあるからなんじゃないかって…短絡的で優しさに飢えてる私はそう考えてしまう。

「そんなこんなで、私の方はそう言った感じなわけですが…姫のお気の済むまで続けましょうか?」
「いえ!もうっ、もう十分です!!」
ものすごくいい事を言った次に、それはないんじゃないの?!ほんわかと慰められた気持ちが吹っ飛んで、慌てて夜着を羽織る。こんな格好でいつまでもいるから、要らぬ気遣いをさせる事になったんだわ。
「遠慮なさらずとも…せめてもう一度」
「平気ですから。本当に大丈夫です!」
体を気遣っての言葉だろうけど、ここで、じゃあお願いしますと頷けるほど理性は飛んでないし、話してた分だけ、体の熱も引いている。あの時は堪らず、制止してしまったけれど、それで終わりになるなんて思ってなかったから、確かに、中途半端な感はある。でも、そんなの正直に言えるわけないじゃないか!女子の体の作りを理解してても、その心情までは分かってないらしく、隆綱殿は、ただの遠慮だから、何とかして是と言わせなくてはって、表情をしてる。どう思ってるか知んないけど、私にだって人並みの恥じらいはあるんです!こんな、心も体もさらすような事、夫婦の勤めと思わなきゃ、そうそうできるもんじゃないの!そりゃ、隆綱殿の事、信用してはいるけれどさ。それでも、全幅の信頼にまで至るほどの時間はまだ経ってないじゃない。まして、ただ快楽を求めるためにだけなんて…末恐ろしすぎだ!
以上のような事を、繊細な羞恥心を傷つけないよう歯に衣着せて言うには何とせばいいものやら。
むしろ、そんな風に気を遣ってくれるなら、いつかの時見たく、同意など求めずにちゃっちゃか始めてくれたら、私だって、頑なに否とは主張しないのに…。
って、アホか、私は!

そんな心中の葛藤はさておいて、隆綱殿が何か言おうと口を開きかけたから、それに慌てて被せる。
「これ以上なんて、無理ですってば!私だけなんて、恥ずかしいだけなんです。そんなのできるわけないじゃないですかっ!」
「なるほど…そうとは思い至らず、失礼を」
そんな風に畏まった言い方をしているけれど、隆綱殿は今にも笑い出さんばかりに、肩を震わせるから、顔が真っ赤になる。
もう恥ずかしい。穴に入りたい。
そんな私の心情など勘付くわけもなく、隆綱殿は堪えきれなかったらしい笑い声を漏らす。
薄闇の中、隆綱殿の声だけが響く。
それからして、ああ、そうだ、と、隆綱殿が言うので、反射的に視線をそちらに向けた。宵闇に染まった、ちょっと濃いめの飴色の瞳が、いたずらっぽく輝いたから、これ以上、一体何を考え付いたんだろうと思う。
「ねぇ、姫。夜伽ぎをしましょうか?」
「もうっ、隆綱殿!からかうのはやめてください」
さらに顔を真っ赤にして、噛みつくように言うと、それさえも愉快なのか、おっと、分かってしまいましたか?って、笑顔いっぱいに笑う。隆綱殿に、こんな子供染みた一面があるなんて!
「夜伽ぎは夜伽ぎでも、その夜伽ぎではなくて…。姫は、聞いた事ないですか?夜に説く、とも書く、夜伽ぎと言うのを。夜通し話し合う事を意味する言葉なんですが」
「夜、説ぎ…?」
「えぇ。まだ夜更けって時間でもないですから、眠るには早いでしょう?折角ですし、夜通しとはいかないまでも、少し話をしませんか?」
「話、ですか?」
「私と話すより、寝たいですか?」
「いえ!まさか。でも、えと、何を話すのですか?」
私と隆綱殿。二人で話し合わなければならない事と言えば、夫婦の勤めくらいしか思い付かない。どんなダメ出しをされるんだろう。ぶっちゃけ、主家の養女とか、ただでさえ扱いづらい身分の上に、問題ばかり抱えて、面倒くさすぎなんだけど、とか?
「私って、そんなにお小言をねちねち言うような湿気っぽい質に見えるんですかね?」
そう言って、苦笑されて、心情が丸々顔に出ていたと気付かされ、慌てる。
「隆綱殿がそうだと言う事ではなくて、私自身が身に覚えがありすぎて…」
「大丈夫ですよ。何事にせよ、初めから上手く行く事なんて、本当のところ、そうそうあるもんじゃないんですから。それに、夫婦は、あくまで、二人の事。何か問題が起きたとしても、それは突き詰めると、どちらかにだけ非があると言う事はないんですよ」
やっぱり経験者は違う、含蓄のある言葉だ。体の弱かった奥方様とも、色々と話し合ってこられたのかな。
そして、またしても、ぽんぽんと頭を撫でられる。話してる内容とはうって変わって、これじゃ、ぐずってるのをあやされる子供だと思う。でも、それが心地好いんだから、私はなんて責任感のない人間なのかな。ほんとに、こんなんで、大谷と白河の楔になれるんだろうか…?
「比翼の鳥は、雌と雄、どちらかだけ力強く羽ばたけたとしても、高くは飛べません。互いに互いを深く理解し合ってこそ、自由自在、心行くまで羽ばたけるんじゃないでしょうか?」
「だから…話すのですか?」
「単純でしょうか?」
「いいえ!その…とても素敵だと思います」
「そうですか。良かった」
頭を撫でていた手が、すっとしたに滑り降りて、頬を包み込む。親指で頬骨の辺りを撫で上げられて、思わず目を瞑ってしまう。
「お嫌でしたか?」
「えと、ちょっとびっくりして…。嫌では、ないです」
「そうですか。覚えておきます」
そう言うと、隆綱殿はあまりにも無造作に、ごろんと寝転がる。夜具はさっきの一連の事でぐしゃぐしゃなのに、その上に、二流れ敷かれてるなんて感じでもなく、角度も何も知った事じゃないって感じで。ぼこぼこで寝にくくないのかな?でも、これが隆綱殿の普通の感覚。ずっとは耐えられないかも知んないけど、今は分かり合う時。寝てみもしないで、どうこう言うのは、何だか違う気がしたから、思い切って、隆綱殿の傍に体を横たえてみる。
えーと…予想通り、ぼこぼこだ。期待を全く裏切らないくらい、ぐしゃぐしゃ、所々なんか湿っぽいし。どうにもこうにも、寝たままじゃ直しようもないくらい。これが、気にならない。それが、隆綱殿。私とは違う感覚の人。それを、私、一緒に感じてるんだ。
そんな風に思うと、意味もなく笑えてくる。
端から見てたら全く以て理解不能な私の様子に、隆綱殿は、気を悪くする事もなく、楽しそうに笑ってくれる。
「若い娘は箸が転げても笑うと言うのは、本当なんですね」
「え?」
「なんだか、漸く、姫の年相応な表情を見られた気がします」
折り曲げた腕に頭を載せて、今まで見た事がないくらい、すごく優しく微笑むから、胸が切なくなる。

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