戦国の花嫁■■■無声の慟哭27■


ふと目が覚めた。
まだそんなに夜は更けていないらしく、灯明の残りが、ぼんやりと辺りを照らしていた。
悪夢を見ていたのなら、まだしも、こんな風に目を覚ます事は、滅多にない。私も、隆綱殿に負けず劣らず、ぐっすりさんだから。
なんでだろ?寒くてって訳でもなさそうだし…。
そんな風に理由を探した時だった。
うう、と呻き声が部屋に広がる。
もちろん、私以外に、この部屋にいるのは、ただ一人だったから、慌てるようにして、そちらを向く。まだ夢路にいるらしいその表情は、見た事もないくらいの苦悩に染まっていた。
何も言えず、両腕を前で合わせる。
「ダメだ…行かないでくれ。トミ…頼む、トミ」
トミ。
初めて聞く女子の名前。
それが誰かなんて、分かりきってる。
隆綱殿の奥方様だった方の名前。隆綱殿のただ一人の方。
それは、喪った今でさえ、そうあり続けている事をありありと思い知らされた。隆綱殿の涙を無理に押し止めさせているのは、私。隆綱殿に悲しみに浸る時さえ与えないのは、私と言う存在のせい。
穏やかな微笑みに、優しい仕草に、好意的に感じてくれてるのでは、などと僅かでも考えた自分を呪いたくなった。兵衛殿と話してて、隆綱殿は本当に分かり合おうとしてくれてるんじゃないかって思ったけど、結局は、妻として、じゃなくて、主家の者への義理立てのためだって事。
全て、ただの勘違い。自分にいいように考えすぎてた。
祝言は挙げたけれど、その実、私は側女と変わらないのだ。主家から押し付けられた、ただの邪魔な娘に相違なかった。
そこまで考えて、涙が溢れてくる。
初めから、そんな事、分かりきってたはずなのに忘れるなんて…ほんと、アホだな。日陰者らしく、ちょっとの幸せを見つけれたらいいって決めたはずなのに、でしゃばった真似をして、良い気になってさ。
ほんと、アホだよ。もう最初には、戻れないのに。
でも…居場所なんてなくたって、私は、ここに居たい。若竹の涙を受け止めてあげたいし、雑然とした白河の屋敷だって好き。それに、隆綱殿のお側に居たい、隆綱殿の妻でありたい、そう願ってしまった。
滲む視界には、依然として、苦し気な隆綱殿が見える。
あの笑顔の裏に、こんな苦しみを抱えていたの?どんなに無理をさせてたのかな。奥方様を恋しがる若竹に対して冷たくしてたから、隆綱殿は平気なんだって思ってた。でも、そうじゃなかったんだ。隆綱殿だって、武士として懸命に悲しみを耐えてた。それを私には微塵も感じさせなかった。ううん、どうでもいい私なんかに知られたくなかったのかもしれない。
気を使ってくれる、その優しさが悔しい。
私は、その苦しみや悩みを分かち合いたいのに。少しでもいいから、支えたいの。そして、できるなら、役に立ちたい。

トミ、そう言って、隆綱殿は右手を伸ばす。
意を決して、その手を、私は握りしめた。
「ここにいます。だから、殿は、安心して、お眠り下さい」
「頼む、ここにいてくれ」
「ええ、ここにいます」
その言葉に安心したのか、すうっと隆綱殿が寝入っていく。
握られたままの手に、もう一方の手を重ねる。
温かみのあるの大きく強い手。沢山の戦を知るその手が握りしめているのは、私の手なんかじゃなく、思い人のしなやかな手なんだろう。
私は、こんな時、誰に手を伸ばすんだろ?誰の手を握りたい?どうしたら、こんな孤独から抜け出す事ができるの?
若竹の小さな手を思い出すけれど、すぐさま首を振る。
あの子は、白河の後継ぎ。今は、笑顔いっぱいにして、私の事を気にかけてくれているけれど、大きくなれば、年頃の女子と恋をするだろうし、いつかは、相応しい女子を妻に迎える。私は、ずっとあの子を見つめていくだろうけれど、あの子は、私をずっと見てくれるわけじゃない。
大事な、大事な、若竹。
あの子の温もりに、甘い香りに、心は和らいだと言うのに、その先の事を考えて、悲しみが溢れ出す。

どこにいたって、結局のところ、私は一人きり。

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