戦国の花嫁■■■無声の慟哭29■


次の朝、挨拶をされたので、挨拶を返すと、よく眠れたか?と尋ねられた。
毎朝の定例のあいさつか、それとも、隆綱殿の言葉に安らいで、心地よく眠れたか?と言う意味だろうか?判じかねる。
「はい、隆綱殿のお陰で、あれからぐっすり眠れました」
思い切って、カマをかけてみると、隆綱殿は、目を瞬かせ、ぐるりと回した。
「あれから…ですか?」
「いえ、なんでもありません。少し寝惚けてたみたいで、夢と混同したようです」
やっぱり寝ぼけてた!私じゃなくて、隆綱殿が。
隆綱殿って、そう言う方なんだ。でも、すごく全うな事言ってたよね?ちゃんと会話できてたし。やっぱり、本物の鬼神なのかしら。
「夢と混同と言う事は…姫の夢に私がいたんですか?姫の夢路を守りたい気持ちが、通じたのでしょうか」
「あ…えと」
「夢の私は、少しは姫のお役に立ちましたか?」
私のいる場所は、ここ。
そう隆綱殿は言ってくれた。たとえ覚えていてくれなくても、構わない。むしろ、昨夜の出来事は、隆綱殿の言う通り、夢だった。そう思っていた方が、どんなにか救われるのだ。居場所を見つけられた安心感と共に、叶わない恋心を自覚して始末まったから…。
でも、心なんて手に入らなくてもいい。私の家は、ここ。もっともっと厳密に言うなら、白河の家の、隆綱殿の隣り。
隆綱殿を思うだけ、ただそれだけで、こんなにも、心が凪いでいく。怖くないって言ったら、嘘になるけど、それでも、怯えなくていい。きっと誰かを大切に思う心が、人を強くするのね。
「はい。隆綱殿は、その知略で、悪夢を攻め滅ぼしてくれました」
にこりと、笑って返すと、隆綱殿は、困ったように笑って、そうですかと頷いた。昨夜の無表情に続いて、まだ知らない表情に、どきどきする。隆綱殿は、戸惑った感じで、視線を左右にさ迷わせる。
「…姫。その、先程の姫の夢と言うのは、本当に夢なのでしょうか?」
「はい、夢の話です。隆綱殿は、寝起きにぼんやりするんですか?」
ちょっと慌てた感じが、大人な隆綱殿の雰囲気っぽくなくて、強気になる。
「あー、普段はそうでもないんです。ただ、戦、戦の毎日で、危機感からなのか何なのか分かりませんが、意識は眠ったまま、行動する事が偶にあるみたいで。そのおかげで、何度か命を救われたんですが。如何せん、その間の記憶がないので、あまり気分がよくなくて」
「気分がよくない、ですか?お命が助かってるのにですか?」
「まぁ、命あるからこそ言える不平なんでしょうけれど。後々聞くと、動くだけじゃなくて、何か言ってるみたいで。自分の事ながら、毎度毎度、とんでもない事言ってないだろうかと恐ろしいものがあるんです」
「そうなんですか。何にせよ、武士にはありがたい癖ですね」
「ええ、でも、そんな風になるのは、戦場の、決まって危ういって時ばかりで…」
どきりとする。
普段からよく寝ぼけるわけではないの?
「姫。やはり、昨夜、私は何か言ったでしょうか?」
同じ質問をもう一度、隆綱殿は聞く。
言ってしまうべきか?でも、言ってしまって、そんなつもりではなかったって言われてしまったら、どうしよう。嘘だって、あの言葉にしがみついてたい。
「先程申し上げた通り、隆綱殿のおかげで、悪い夢は消えてなくなりました」
「あ、いや、そうではなく…夢と言うか、とにかく、私は、何か失礼な発言をしませんでしたか?」
「いいえ、隆綱殿はいつだって紳士です」
私に答える気がないと分かったのか、隆綱殿は、それなら、良いのですが…と尻切れトンボになった。
つまり、昨夜の隆綱殿は、無意識だったって事みたい。素って、事かな? 危うい時にしか、起こらない癖。私のために起きてくれた?ただただ私を心配してくれた?
まさか、ね。
そんな都合の良い話なんか、あるはずない。でも、優しく気遣ってくれた隆綱殿を忘れるなんてできない。

隆綱殿は、親兼とは違う。大人で、優しくて、思いやりがあって、頭脳明晰で、ちょっとあれなところもあるけどそれが人間味で、何より人の心を切り裂くような人じゃなくて…たとえ、私を見てくれなくても、私が一番じゃなくても、私の孤独を和らげてくれる人。

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