戦国の花嫁■■■無声の慟哭36■


六日目、と言う言葉が付いてれば、続きが、何の続きか分からないほど、ボケ倒しはしない。けれど、は?と言う表情になってしまったのは、あのまま私はいつも通りで、隆綱殿の方が終わってしまったと思い込んでいたから。
「記憶がないかもしれませんが、ご自分でされて、意識を飛ばされたまま、泥のように眠ってしまわれたので、その後はしてないんですよ」
「そう…でしたか」
なんとかそう言いきったものの、私の顔は見る間に熱を持った。まざまざと自分の所業を思い出し、恥ずかしくて、どうにかなりそうだった。
でも、つまり、それって、自分だけ乱れて、それで…、そのまま?
がばっと起き上がって、すぐさま頭を床に着ける。
「申し訳ありません!私、本来のお勤めをすっかり忘れておりました、お許しください」

どうしてか、沈黙が訪れる。
確かに、悪いのは私だから、そう言ったのだけれど、すぐさま何かしらの反応があるかと考えていたので、頬にあった熱が、さっと引く。
今度こそ、逆鱗に触れたんだろうか?
「先程の事、姫は、勤めと思ってされていたのでしょうか?」
「もちろんです。だと言うのに、それを忘れて寝てしまうなど…武家の娘のする事ではありませんでした。気分を害された事でしょう、申し訳ありません」
下げた頭をさらに下げて、精一杯の謝罪をしてみるけれど、またしても、隆綱殿は黙ってしまう。
何が気に障ったのか、分からない。
それが、恐ろしい。
それからして、ふむ、と唐突に小さく呟くのが聞こえるけど、これと言って、どうしろとも言われない。それが示すものは一体何?緊張と不安で、指先が痺れてくる。
姫、頭を上げてください、と漸く、隆綱殿は言葉を発した。私は、力なく、はい、と応えると、恐る恐る、隆綱殿へと視線を向ける。予想に反して、優しい笑みを浮かべていたから、それだけで泣きそうになる。
その、私の心の弛みを感じたのか、隆綱殿が、ふっと笑って、いつものように熱い手のひらで、私の頬を包み込む。
そうだ。隆綱殿は、私の事を大谷の養女と見なしているし、決して私を毛嫌いしているわけではない。
その確信を思い出す。
隆綱殿の事、信じられるって思っているのに、隆綱殿のちょっとした言葉に、過剰に反応して、縮こまって、戸惑ってしまう。
私って、とんでもなく不安定な心を抱えているのかもしれない、と気付く。
「そんな怯えなくても…、何もしませんよ」
ねぇ、そうでしょう?
その問い掛けは、あまりにも甘い音程で、強張った心をとろりと融かしてしまったから、操られたかのようにして、私は、こくりと頷く。

「今夜は、姫をこの腕に収めて、眠っても構わないでしょうか?」
「へ?」
なんともすっとんきょうな声が、夜の寝屋にぽつりと響く。
このうっとりとするような時の中にあって、あまりにも似つかわしくない音を発してしまったけれど、そんな反応をした自分が、情趣を解さない興醒めなものだと決め付ける気にはならなかったから、たとえ場違いと言われようと、ただ目を丸くして、隆綱殿を見上げ続けた。
「こうして、同じ寝所で眠るのですし、たまには、片敷く袖ではなくて、共寝と言うのも良いのではないかと」
「は?」
二度目の興醒めな声にさえ、隆綱殿には、気に留める雰囲気は見られない。
「お嫌ですか?」
お嫌やかって?隆綱殿と共寝をするのが嫌かって?嫌なわけないじゃない。むしろ、こっちからお願いしたいくらいなんですけど!
と言うか、続きをって話は、どうなったの?
「嫌…では、もちろん、ないですが。でも、あの、一体、どうして、そう言う話になったのでしょう?」
「どうと言う事もありませんが、まぁ、よく考えてみれば、夜も更けましたし、姫もお疲れのようですしね。今夜は、このままもう寝てしまっても良いのではないかなと」
「だからって、なん…なんで、その、共寝、なんでしょうか?」
「なんでか?うーん…強いて言うなら、そう言う気分だから、でしょうか?」
そう言う気分って…、何?
私は、返答もできずに、ぽかんとするしかない。
でも、隆綱殿の方は、もう寝ると決めたのか、私の返事など待つ事なく、立ち上がると、仕事の片付けを例の如く豪快に済ませて、机の灯りをふっと消してしまうと、例の如く私からすれば意味不明な角度でごろんと横になってから、さて、そっちは返答をまとめ終わったかな?って感じで、私に視線を向ける。

何て言うかさ、そもそも、共寝したくなる気分って、何?殿方って言うのは、そう言うものなの?なんとなーく、夜のふとした時に、唐突に、そうしたくなるものなの?それとも、ちゃんとした気持ちから?…って、期待しちゃうよ!
私は、隆綱殿だからこそ、温もりを分かち合って、眠りたいのに…。

哀しいかな。
切ない片想いなのは明らかなのに、一方通行なのに、それでも側に居たいと願ってしまう。
初めから分かりきった、ただ一つしかない答えを、こんな風に、さんざ悪あがきした挙げ句、のそりと告げると、隆綱殿は、にっこり微笑みを深め、自分の横を、ぽんぽんと軽く叩く。
え、本当にいいの?いや、いいって、言うんだから、いいんだよね?うん。
内心鼻息を荒くしながらも、静々とそこに横たわると、隆綱殿の胸の中に。
温かさと、少し慣れてきた匂い。
そっと隆綱殿を見上げると、またしても、にっこり微笑みが返ってくる。
「では、姫。ゆるりと、お休みください」
「あの…隆綱殿も。お休みなさい」
ありがとうございますと返事をすると、すぐに、隆綱殿は、瞼を閉じて、寝てしまったけれど、当然、私は眠れるはずもない。
どきどきと張り裂けんばかりに、早鐘を打つ心臓を、手で押さえてみるけれど、効果はない。

とは言え、緊張感と言うのは、長続きするものでもないらしかった。まぁ、危地に放り込まれたならまだしも、願ったりな状況なのだから、どうしたって、そうなろうもの。
頭の中が、幸福感いっぱいになる頃には、もううとうととし始めていた。

何も解決してないし、理解できてないし、前進もないのだけれど、今夜だけでも、夢に浸って眠ったって、バチは当たらないだろう、など考えてしまうのは、全く以て懲りない人間だとは思うけれど、大好きな人の温もりを感じてなお、自制できる人っているのかしら。
そんな風に、都合よく着けた落ちとともに、眠りに落ちた。

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