戦国の花嫁■■■無声の慟哭38■


「…けど、なぁに?」
「お姫様、あのね…」
「うん?」
「武士の子らしくないって、怒らない?」
躊躇って後の、その言葉に、ありえないくらいきゅんとする。そして、考えるより先に腕が伸びて、若竹をぎゅっと抱き締めた。何、稚児ってこんなに可愛いものなの?それとも、若竹が可愛すぎるの?すぐさま広がる甘い香りを命一杯堪能する。
「私も、父上と一緒だよ。本当に悪い事なら、悪いって言う。もし、武士の子らしくなかったとしても、それでも若竹が頑張れるように、私は応援する。誰もが見捨てたって、ずっと若竹の側にいるよ」
ふっと、龍丸の姿がかぶる。
あの時、私には何ができただろう。女子か男子か、それだけの違いで、器量も力量もなにも鑑みられる事なく、ただそれだけで、私は省みられる事なく、龍丸は未来を奪われた。でも、私の方が歳上で、お姉さんで、いつだって前にいて、守ってきたのに…なのにどうして、龍丸は生きる事さえ許されなかったのか?
女子に生まれた事が歯痒くて、もどかしくて。
龍丸への供養なんだろうか。私の罪悪感からなのか…。龍丸にしてやれなかつた事全てを、若竹に捧げたい。してやりたい。そんなおこがましい思いが強まる。親兼の時のように、悲しさや寂しさを癒すためじゃない、償いに似た思いが、私の中に生まれた。
「私は、誰よりも若竹の味方だよ」
あぁ、なんて自己満足な台詞だろう。贖罪のために、若竹を利用するなんて。本当に私はとんでもなく業が深い。でも、たとえ、そうだとしても、ほんの一時でもいい、若竹の力になりたいって思ってしまった。いつか冥府を訪れる時、閻魔様に会って問い質される私の罪なんて、どうでもいい事。
若竹に、安らぎを。
抱き締めた温もりは、どこまでも温かく、甘い香りがする。どこまでも柔らかく小さな体。護るべき稚児とは、正しくこの子の事だと思った。この子だけは、絶対に守りきりたい。
「信じてくれるかな?」
私の腕の中に埋ずまる頭が、こくりと頷き、のそっとこちらを向く。まだ、八の字眉をしてる若竹。信じるのと怒られるのは、また別の話だと思っているようだった。そんなにとんでもない事考えてるのかな?
「僕が言いたかったのはね…夜にね、寝ちゃうまで、ずっとお姫様の声を聞いてると、なんだか、僕温かい夢を見れる気がするの。だから、今も話したいんだけど、夜にいてくれないかなって」
「わかった!今夜は絶対、若竹のところに行くから!」
若竹の提案に、即答する。
そんな事くらい、お安いご用だよ。遠慮なんかしなくていいのに!
けれど、若竹の表情は冴えないまま。
「ありがとう…でも、武士の子らしくないと思った?」
「思わないって。確かにね、武士は、一人で寝れなきゃダメだけど。だからって、武士の子まで、そうである必要はないって、私は思うよ」
「ありがとう、お姫様。僕、ちゃんとした武士になれるように、頑張るね」
うん!そう言って、思いっきり若竹を抱き締めた。戸惑いながらも、抱き締め返してくれる若竹が、可愛くて仕方がない。

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宵の口。
寝所で一人、ふと思う。
そう言えば、若竹のところで寝るのは何日ぶりになるっけ?昨日も一昨日も何もしなかったのに、なんでか隆綱殿と共寝しちゃって…、その前の夜が、その…失敗に終わって。そうなると、その前は、先一昨日から六日前になるのよね。その間に、若竹のとこに行った?いや、…ない?え?ホントに?じゃあ、その夜より前になるって事?…嘘でしょ。
…ごめん、若竹。
後悔の念に慌てふためいていると、明り障子が開かれる音がする。
え?もう、隆綱殿が来た?

「姫、床に入らず、どうしました?」
戸惑ったのは、私だけじゃないらしく、隆綱殿もちょっと首を傾げた感じ。
「今夜は、若竹のところに行こうかと思うのです」
「大丈夫ですよ。そのように頻繁に行かれずとも」
隆綱殿は、私の発言に少し意外そうな表情をしたけれども、歩みを止める事はなく、そのまま夜具の上に寝転がると、だいぶ慣れてきた感じで、自らの傍らを、ぽんぽんと軽く叩いて、私を誘う。
ほぼ無意識に腰を上げそうになって、慌ててぐっと堪える。…私は、仔犬か?それ以下か?
今すぐ隆綱殿の温かい腕枕で眠りたい!と思ったものの、若竹との約束を守らなくては!と言う義務感がなんとか勝ったのだった。
恋心って、恐ろしいんだな。かなり見境なくさせるらしかった。
「あの…でも、若竹、寂しい思いをしてるみたいで」
「そうでしょうか?前の明るさに戻ったと思いますけど」
隆綱殿だって、ホントは寂しいくせに!先日、奥方様を引き留めようと、うわ言を呟いてたじゃない。小さい若竹なら、なおの事なんだから。
「それでも、まだだと思うんです」
「いつかは、一人で耐えて乗り切らねばならぬ時が来ます。姫の優しさには本当に感謝しますけれど、いつまでも甘えさせるのはどうでしょうか?」
「そんな!若竹は、まだあんなに小さいんですよ?たまの夜に添い寝をしたって、それは甘やかしになるのでしょうか?」
なんで隆綱殿は、若竹の事となると、こんなにも獅子の親みたくなるんだろう?男親だからと思うにしても、厳しすぎる気がする。やっぱり、根が鬼神なんだわ。
歳上だし、夫だし、恋してる人だけれど、父親としての顔を見せられてしまうと、私は身の程知らずに反抗心が生まれるらしかった。だから、僅かばかり、むっとして、そう応えると、隆綱殿は、迎えるようにして広げていた腕を自らの方に戻した。
「姫は、わたしと寝屋を共にするより、若竹といたいですか?」
「それは、もちろん…っ、へ!?」
反射的に、肯定しようと言葉にしてから、その真意を判じかね、目を丸くした。
えと…それは、どう言う意味なのでしょうか?
ただ単に、寂しい思いをしてる稚児に寄り添いたいのか、と尋ねているのかと思ったのだけれど、隆綱殿は、もう若竹は一人で大丈夫だろうと見なしてるわけで…そこを考慮すると、自分の傍なんかにいたくないから、何か理由をつけて離れたいと思っているのでは、と勘ぐられてるって事になる?
「いえ!決して、隆綱殿のお傍を厭っての事ではないのです」
「そうでしょうか?」
「はい。若竹の涙が少しでも早く流れなくなるようにと、私にあるのは、それだけです」
その思いだけは、勘違いしないで欲しい。そんな思いを込めて、じっと見つめる。
「分かりました。…いつもいつも、姫の心遣い、感謝いたします。どうか、若竹のそばにいてやってください」
では、また明日…。
それだけ言って、隆綱殿は、私の返事を待つでもなく、さっさと目を瞑ってしまった。
え?え!?それって、どういう意味ですか?呆れてものも言えないとか、そんな感じですか?だけど、若竹、全然癒えてないんですよ?そこんとこ、理解してますか?ねぇ?ねぇ!
眼力で訴えてみるものの、目を閉じられてちゃ、どうにもならない。

…若竹のとこ、行こう。

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