戦国の花嫁■■■無声の慟哭43■


うっと呻く声に、びくりと肩を震わせ、その声をあげた親兼を見遣った。
親兼は、隆綱殿が戒めを解いた時のまま、その場に倒れていた。
動く事もできないくらい、痛いの?苦しい?辛い?
その姿に、胸が締め付けられる。
親兼には、もうどんな情も抱いてないと思ってたのに、自分でも信じられないくらい、胸が痛む。
「何でだよ…なぜ、お前は俺の許から去っていったんだ」
「まだ分からないの?私が何を望んでたのか」
「何だって、言うんだよ」
「私にとって、あなたは弟だった。亡くなった龍丸の代わりでしかなかったの」
「…たつ、まる?」
「そう。龍丸は、私の死んでしまった弟。ある日突然、私の前からいなくなってしまった。私たち、ずっと一緒にいたのに…そんな事も、私、親兼に話してなかった」
次から次へと溢れ出る涙を拭って、声が震えないように心を奮い立たせる。
親兼は、全く分からないと言った表情で、私を見上げている。
「私、本当は、親兼の気持ちを知ってたんだと思う。でも、それに気付かないふりしてた。だって、私の願いと違ったから。一人が寂しくて、辛くて、ただ家族が、ううん、弟が欲しかったから、親兼の気持ちを利用して、側にいてもらおうとした」
「何だよ、それ。じゃあ、お前は、俺の…俺を、俺の事なんて、少しも見てなかったって事かよ」
絞り出すような、絶望の声に、心が切り裂かれるんじゃないかと思った。
心を凍らせたあの日から、親兼は、ずっと言ってきたのだ。
私を嫁にすると。
それが何故なのかなんて、少し考えれば、分かる事だった。あの暴力としか思えない行為が、何のためなのか、どうしてそんな事を強いるのか。それは、親兼にとって、私が、幼馴染みの女子から、一人の大切な娘になっていたからなのだと、本当のところ、私は理解してなかったんだ。弟がいなくなった悲しみに、とっぷりと浸かって、自分勝手な理由で、親兼の気持ちを避けてた。親兼のする事だけじゃなく、ほんの少し、親兼の思いに意識を向けていたら、あれらの事は、暴力ではなくなっていたのかもしれない。
私が、親兼を悪者にさせていたんだ。
どれだけ親兼に酷い事をしてきたのか、今やっと自覚する。
私こそ、親兼にどんな情も持たれるべきじゃないんだ。…たとえ、憎まれる事になっても、全ての情をなくしてしまわなくてはいけない。
もう一度、涙を拭う。
だって、別れを告げるのに、涙は相応しくない。
腰に添えられたままの温かい手に、自分のそれを重ねて、一つ息を吐いた。
「親兼を見る?そんな事するはずないじゃない。あの日、悲しみに暮れる私のところに、偶々親兼が現れたから、声を掛けただけ。ちょうど龍丸と同じ年頃に見えたから。側にいてくれるなら、誰でも良かったの」
心を凍らせて、できるだけ何も考えないように、冷たく告げるのよ。躊躇ったら、きっとおしまい。溢れる涙を止める術はない。
親兼は、大きく目を見開いて、私を見る。
「ずっと、親兼を通して、龍丸を見てた。一度だって、親兼を見た事なんてない。あるとすれば、あまり似てない親兼に耐えられなくて、親兼が龍丸になってしまえばいいのにって思う時くらいだったよ」
戦慄きそうになったから、下唇を強く噛み締め、荒くなる呼吸を押さえ付けて、冷静を装う。
心よ、凍れ。涙よ、凍れ。凍ってよ。こんな時に凍らないで、いつ凍ると言うの。
「何だよ、それ。ずっと一緒にって…そんな事だったのか」
「龍丸の代わりとして。それ以外なんて、親兼に望んでない」
「嘘吐くなよ!そんな事、誰が信じるか!隆綱が、そう言わせてるんだろ。隆綱が全て悪いんだ」
親兼は、がばっと起き上がると、駆け出す。隆綱殿が、私を守るように、身構える。
「姫、少し離れていてください」
隆綱殿のその言葉に、意味が分からず、隆綱殿を見る。
「まだ懲りてないようです」
隆綱殿の視線の先を同じように見遣って、息を飲んだ。親兼が、先ほど放った刀を手にしていたのだ。
「たかつ…」
隆綱殿は、もう無言で、私をぐいっと後ろに押す。私は、二、三歩後ろによろける。

何が起ころうとしてるの?
なんで、親兼は、刀なんて持ってるの?
私は、ただ親兼を思って。でも、言い方を間違えてしまったの?どうして、親兼には害にしかならない私の事なんて、どうでもいい、そう思ってくれないの?それくらい、私が憎いの。
親兼は、鋭い眼光を向け、二歩、三歩、そして、歩く速さが、駆け足に変わる。
「やめて!」
恐怖より強い意志で、私は隆綱殿の前に出ると、両腕を広げる。
これ以上、隆綱殿を巻き込みたくなかった。きっと隆綱殿は、刀を抜かない。でも、そんなの危険すぎる。
親兼は、一瞬虚を突かれたようにしたけれど、歩を緩める事はなく、まっすぐこちらに駆けてくる。
これが、親兼を傷つけた罰なのかもしれない。だったら、私は、それを受け入れるしかない。

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