戦国の花嫁■■■無声の慟哭52■


慌てて、そこに視線をやると、隆綱殿の頭がある。
「あの、隆綱殿?」
「うん?」
「何をして…するつもりですか?」
一発済んだんだから、もう寝るんじゃないの?だって、これって、まさか、ね?と思いつつも、隆綱殿に問う。隆綱殿は、そこで初めて、舌を這わせるのを止めて、私を見た。私の質問の意味が分からなかったのか、左右に視線を向ける。
「何って…そうですね。トミの事もあったし、自分でも、この方面に関しては、淡白なのだとばかり思っていたのですが…君の若さの影響でしょうか?この所、男としての欲が、自覚できるほどになったんですよね」
男の欲って…何?
聞き返すわけにも、そうなんですね、とも言えず、固まるしかない。
「女子が傍にいるから、抱こう、とか、誘われたから、やってしまおうとか、昔の私の女子への興味と言うのは、そんなものだったんですよ」
やっぱり、奥方様だけってわけじゃないんだ。隆綱殿だって、大人だし、武士なんだから、そりゃそうなんだろうけど…だけど、だけどさ!思いを寄せる人の恋愛譚なんて、正直聞きたくないって言うのが、乙女心なんですが。それ、私にする話なの?私、妻だよね?私の事、ホントに好き?なんで、今その話?
「だから、トミを嫁にと言われた時も、それがどのような意味を込められての話なのかは分かってはいましたけれど、それほど抵抗を感じなかったし、トミの事も、偏見なく迎えられました。トミは、ああ言う体調でしたし、私もそんなんでしたから、もちろん、初めは形ばかりの夫婦の関係でした」
隆綱殿は、私の心情を全然察する事なく、淡々と昔話を続ける。
男の欲の話じゃなかったの、と思わないでもなかったけれど、何となく、私に聞いて欲しい話なんだと感じたから、荒れ狂う心を必死で押さえて、ただ黙って、隆綱殿を見つめる。
「若竹を…子が欲しいと言い出したのは、トミの方からだったんです。家の誰かに、嫌味でも言われたのかと問いただしましたが、そんな事が理由ではない、自分自身が、白河のために、私の子を産みたいから、そう言っているだけだと言われた時には、自分の野暮さ加減に、蹴り飛ばしたくなりましたね。女子に、ああ言わせるまで、放っておくなんて、外道のする事でしょうね」
隆綱殿の苦笑に、曖昧に頷く。
確かにそうね、隆綱殿は、鬼神だものね。知将に相応しく、よく頭の回る人だとは思うけれど、意外に大柄な人だ。覗けない頭の中は知る由もないけれど、少なくとも、覗ける部屋は凄まじく雄々しい。猛くあるべき武士が、陶器のような繊細な心を持ってたら、残念でしかないわけだから、隆綱殿は、まさしく武士に生まれるべき性質を兼ね備えてたって事になるのかも知れない。
だから、奥方様に続いて、私にまでも、野暮さ加減を発揮して、外道として振る舞っているのだとしても、そこは、まぁっ!なんて武士らしいのって事で笑い飛ばして、簡単に済ませてしまうのが、また、武家の娘の在り方なのかも知れなかった。
と、思う事にする。そう思いたい。じゃないと、癇癪を起こしそうだった。ともすれば、むすっとなりそうになる顔を、精一杯可愛い表情に保つ。
「だから、今度は、先に言っておこうと思います、姫」
「はい?」
何を先に言うの?またしても、脈絡を掴めないまま、返事をする。
隆綱殿は、また苦笑して、真顔になる。あの夜の時のような、感情のない顔。今度は、眠そうじゃなかったけれど。
「どうか、白河の子を産んでください」
一つ深い息を吐いて、隆綱殿はそう言った。
私は、依然きょとんとしたまま隆綱殿を見つめ続けて、ようやく、その言葉の意味を理解した途端、隆綱殿に抱きついた。
さっきだって、同じような言葉をもらったような気がするけれど、今度は、底抜けに嬉しくなる。隆綱殿の妻として、白河に赴いたのだから、そんな事、当たり前の事なんだけど、なんだろう、初めて白河の一員として認められたんだって、素直に思えた。
「若いなぁ」
そう感慨深そうに呟いて、私の頭を撫でてくれる。
「そんな私に合わせてくれるんでしょう?」
完全に、隆綱殿の上に乗っかって、にこっと笑うと、隆綱殿は目を瞬かせて、左右に視線を動かす。その考える表情に、私は、くすくすと笑う。
「もちろん。回数は望めませんが、その代わり、濃厚なのを味わってください。じっくり可愛がってさしあげますよ」
唇の片端だけを上げて、にやりと人の悪い笑みが返される。
え?困惑したんじゃ、なかったの?
本能的に危機感を感じて、慌てて、起き上がろうとした腕をひっぱられ、気付けば、隆綱殿を見上げて、あっという間に、舌が絡め取られてしまった。

秋の長夜が明けるまで、今まで知らなかった本当の隆綱殿を垣間見た気がした。

■FIN■■■ ≫≫後日譚

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