深窓の姫宮■■■15■


「そんな瞳で見つめれば、俺なんて、ころりと騙せますよ」
「私、良人さまを騙したりなんてしないわ」
「では、愛されていると錯覚しても良いと?」
その言葉に目を瞬かせる。
愛されてると錯覚する?
じゃぁ、私のこの気持ちは、少しも伝わっていないってこと?
「ダメよ」
「ですよね、少し贅沢を望みました。すみません」
反らされる瞳、それを逃したくなくて、良人さまの両頬に手を伸ばして、無理矢理、視線を合わせる。
「そうじゃないわ。錯覚なんてしないで良い、私に愛されてるとそう思って欲しい」
言っている内に、何を口にしているのか、気付いて、語尾がすりきれになる。
恥ずかしくて、慌てて、両手を離したけれど、それを今度は良人さまの手に包まれ、指に口づけが落とされる。
「それは、俺を愛していると言うこと?」
こくり、と頷くと、良人さまは、嬉しそうに笑った。
「姫宮は、俺が好き?」
何度も聞かれると、恥ずかしくなる。
困ったように、良人さまを覗き込めば、同じように困惑した表情が返ってくる。
「それとも、好きじゃない?」
まさか!と、首を横に振る。じゃあ、好きか?ともう一度聞かれて、窮する。
良人さまが求めているのは、言葉だ。

一つ深呼吸して、抱きつく、その勢いに任せて、耳元にそっと、思いを囁く。
短い言葉だったけど、伝わったんだろう、ぎゅっと痛いくらい抱き締め返された。
「俺も、好きだ。好き過ぎる」
良人さまは、よく笑う人だと思っていたけれど、ただよく笑うだけではなくて、どんな感情もはっきりと声に出す人なんだと気付く。嬉しいことは、特に。

それから、首筋に寄せられた唇。
食いつかれた!と思ったら、舌で舐め上げられる。何かがざわっと沸き起こって、ぞくりと体を動かす。
それと同時に、うなじの辺りを掻き上げられて、びくりと体を捩る。
何が起きたのか?そう考えるまもなく、わたしは、自分でも聞いたことのないような声を発していた。 鼻から抜けるような声。 分からないけど、なんだか、恥ずかしくて、慌てて、口に手を当てた。
「可愛いから、もっと聞かせてください」
にこっと笑って、良人さまは、口に当てた手の甲に口付けをする。
指の付け根を舐め、爪先にちゅっと音を立てる。知らず知らず、口を押さえることもできなくなって、私は、んんっと声を漏らしてしまい、恥ずかしくて、逃げ出したくなった。
「可愛い」
逃げてしまいそうだったのに、ただその一言だけで、私は意図も簡単に、嬉しくなって、そう恥ずかしいことではなのかもしれない、などと思うようになる。

良人さまは、指から辿るようにして鎖骨まで、唇を這わせた。
首筋にかかる吐息がくすぐったいような、むず痒いような感覚に、またびくんと体が動いた。
「ここが、好き?」
くすりと笑って、良人さまは言う。
「わから…ないわ」
「じゃぁ、気持ち良い?」
鎖骨から顎の下まで、舌で舐め上げられる、その何とも言えない感覚に、私は一際大きく震えた。
「ねえ、気持ち良い、でしょう?」
もう一度、今度は、ちゅっと音を立てられて、囁かれた低い声に、その意味もわからす、頷くと、にこりと良人さまが微笑む。なんて幸せそうに微笑むのだろうと胸が熱くなった。
口づけは、徐々に下がっていて、ぼんやりとしていたら、やんわりと胸を揉まれる。何をするのかと思ったけれど、良人さまは、始終笑みを浮かべたままだったから、それに任せた。優しく触れるその指の刺激に、うっとりとしていると、合わせの間からぬっと手が滑り込む。そのひんやりとした冷たさに、んっと肩を縮こまらせる。そんな反応さえも、おかしいのか良人さまはふっと笑った。
「変かしら?」
「ん?」
「私、おかしい?」
不安になって、聞くけれど、良人さまは、目を大きく見開いて、声を出して笑う。
「いや…それくらい初心でないと、俺の頭がおかしくなりそうですよ」
「初心?」
「そう。じゃないと、俺自身何をするか自信がありません」
だから、これくらいが丁度良いんですよ、と少し苦笑して、良人さまは、私の左の瞼に口づけを落とすと、胸に当てていた手の動きを再開する。
おかしい事について、否定はされなかった。でも、それは初心という事で、そうじゃないと、良人さまは何をするか分からない?おかしくなる?おかしいのは、私じゃないの?
考えても分からなくて、もう一度良人さまを見つめると、それに気付いたのか、今度は額に口づけを落として、ふっと笑った。
「そんなに不安そうな表情をしないで。どんな姫宮だろうと俺は構わないのだから」
「変でも?」
くすくすと笑う。
「変じゃありませんよ」
「じゃぁ、どうして笑うの?」
「真っ白な姫宮をどうやって俺好みに仕上げようか、楽しみで仕方ないだけですよ」
「俺好み?」
「それは、じきに分かります」
それは、どういうことなのか?と聞こうとした口を塞がれる。
「あまり焦らすと、後悔しますよ?」
にっこりと弧を描いた唇は、ひどく艶めかしかったから、私は慌てて頷いた。

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