深窓の姫宮■■■32■


心根と同じくまっすぐに伸びた御髪をそっとすく。見た目より柔らかなそれは、絹糸のような触り心地で、俺はうっとりとする。いつまでも、こうして触れていたい。見つめていたい。そう強く感じる。
「今は只、俺を信じていてくれませんか?」
ぎゅっと抱き寄せて、二人にしか聞こえないような声で囁いた。
姫宮の表情が、更に曇る。
信じろ、なんて、都合良すぎだよな。でも、それ以外思い浮かばなくて、誤魔化すように、口づけを落とした。
案の定、その意図に気付いたらしい姫宮が、俺の肩をぐいっと押し退ける。
「私が良人さまを知らないのだったら、何を信じたらいいの?」
反らされる事のない瞳が、不安に揺らめく。

姫宮が愛しい。
それが、俺の全てだ。
じいさまの思惑も、おじ上の憂慮も、本当はどうだっていい。全て投げ出して、姫宮だけを思っていたい。そう口にできたら、どれ程いいだろう。
でも、すぐそこで、俺たちを伺う気配があれば、それも儘ならなくて、なんだか、叫びたい気分になる。
なつは、そこまでしないだろうから、じぃさんの方か?仕事熱心と誉めるべきか、情趣を介さない無粋者と一蹴するべきか…。どちらにせよ、邪魔でしかないんだよな。
愛してる、好きだ。姫宮だけが、俺のすべて、来世も同じ蓮の台に乗るのは、姫宮がいい。その台は、今生のスメラギの御台より、ずっと価値のあるもの。って、叫んでしまえたら…どれほどいいのに。
どんなに思いを交わしても、幾度肌を重ねても、伝わらないのだろうか?言葉にしてこそ、真実になるのだろうか?
「得体の知れない俺は、信じられませんか?」
「信じたいわ」
「では、その気持ちを信じていてください」
まだ不安そうにしている瞳に、にっこりと微笑んで、次の言葉を制するように、その口を塞いだ。今度は、抵抗できないように、少し強引に、角度を変えて何度も口付けると、話し合いを続ける事を諦めたのか、不満気な瞳でじっと俺を一睨みして、ゆっくりと瞳を閉じた。

以前より鮮やかな衣を纏うようになった姫宮は、女子らしい艶やかさを醸し出すようになった。それは、衣のせいだけではないのを知っているから、どうしたって嬉しくなる。
なぜ、これほどまで彼女に惹かれるのか。
極めて美しい容貌をしているとは、思わない。姿だけなら、噂を聞いて、友と連れだって、ひやかしで垣間見た藤原某の想い人が、一番だと思う。
けれど、手に入れたいと願ったのは、姫宮只一人だ。
顔形が好き?声が好き?髪?体?そのどれもが、俺を惹き付けるけれど、その瞳には敵わない。
カンナビの森を宿した瞳。父親の瞳を濃く受け継いだその色は、どこまでも深く人を見入らせる。畏れ多い色とも言えるそれに、少しの怯みも感じないのは、俺自身もそれを備えているからだと思い至り、苦笑する。
じいさまも、父上も、感じるのは、畏敬と威圧だった。姫宮の父君に至っては、視線を合わせたことすらないが、同種の感情を抱くに決まってる。

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