深窓の姫宮■■■22■


私は内親王で、良人さまは元皇太孫の王。
いつまでもこんな風に一緒にいられるはずはない。
でも、離れることなんて考えられない、そう言って、彼女は、真珠のような涙をこぼす。
「こんな風にあなたを泣かせてしまうなんて、俺は、無風流だな」
「良人さまのせいではありません」
「それは連れない」
「え?」
驚いたように大きな瞳を瞬かせて、また一粒真珠の涙を落としたそれをそっとすくいとって、俺はにやりと笑う。
「そのような物言いでは、まるで、拐かしたのが、俺でなくても良かったと言うように聞こえます」
そんな事はないと否定しようとした彼女をぐっと抱きしめると、細い腕が抱きしめ返した。

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冬にしては、晴れ晴れとして、すっと抜けるような色をした朝のことだった。
意を決して、参内用の衣装を身に纏った。
「何をするおつもりなのですか?」
何日だろう。二人きりで、一緒に過ごした日々。
眠りから覚めると、前触れもなくこんな格好をした俺が、枕元にいたら、出てくる言葉はそんなものだよな、と思い、苦笑する。
「すこしばかり、あなたと共にいるための算段を付けに」
「そんな。一体どなたが、それを許可してくださるというのです?」
俺の精一杯のカッコつけを、見事に、一蹴してくれるから、愛しさが増す。
「とりあえず、血縁を頼って、じぃさまかな。だめなら、幼馴染みで、今上を訪ねてみようかと」
「お二人とも、私のことなど気にされておりません。私の事は、院の父がお許しにならない限り、無理です」
俺を心配しての言葉であり、また、新院を恐れているからでもあるのだろう。きゅっと結ばれた一文字の唇は、ひどく緊張している。
「やってみなくては、わからないこともありますよ。俺を信じて?」
その緊張を解きほぐしてやるようにして、紅の唇に、指先を添えると、ゆっくりと弧を描いた。
穏やかに微笑む姿は、勇気を与えてくれる。でも、不安が消えるわけではない。
「姫宮は、多くの物語をご存じでしょう?たくさんの姫宮が、こんな風に男に拐われる物語を知っているはず」
「それは、物語の話です」
「現実は違う?」
「分からないわ。でも、良人さまにもし何かあったら…」
「それは、俺も同じです。そして、あなたより慎重なんですよ。あなたを手放したくないから、外堀を埋めようとしてるだけです」
「…現実は、楽しいだけのところではないのね」
「残念ながら、そうですね。でも、こうして、あなたに出会えたのだから、現実と言うのも、そう悪いものでもないと俺は思うようになりました。あなたもそうだと良いのですが」
手を添えていた頬が、ぱっと色付くから、もうたまらない。出掛けるのは、明日でも良いような気さえしてくる。
「私も一緒に行かせてください」
馬鹿げたことを考えていると、思っても見ない言葉が告げられ、目を瞬いた。
「それは、致しかねます」
「どうしてです?」
「姫宮は、俺に浚われたんですから、姿を現せば、あっという間に俺の手から離されてしまうでしょう」
「ですが…」
「大丈夫ですよ。何も無策のままってわけでもないですし。俺を信じてください」
「…わかりました。必ず、戻ってきてくださいね」
「えぇ。ゆかしいあなたを手放すには、まだまだ惜しいですから」
赤く染まった耳に、囁くようにそっと告げて、口付けを落とすと、すっくと立ち上がり、俺は出掛けた。

ずっと二人、一緒にいられるそれだけで構いません、と、彼女は言う。
しかし、彼女には、親兄弟がいて、彼女自身も責任が全くない身分ではないのだ。
ただ今の状況の不安定さが、彼女にそう言わしているのだろうと思うと、心が痛かった。
やはりつれてくるべきではなかったのか?
いや、そんなの無理だ。

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