深窓の姫宮■■■25■


案の定、新院の俺への対応は冷たいものだった。
何もかも気に入らないんだろうなとは思う。
じいさま経由で話を通したのも、それをじいさまが承諾したことも、そもそも俺が姫宮を拐かしたのも、皆。

ところが、設けられた宴で、延々嫌みを言われるかと思っていたが、蔵人経由で、一言、よしなに…と言っただけで、かなり拍子抜けした。

叔父と甥とは言え、元々親交があるわけでもない。

旨いと感じない肴を酒で何とか流し込みながら、やり過ごす。
しかし、一体、どうやって切り出したものか…。話の接ぎ穂に、頭を悩ませる。
じいさまの手先と思わせるべきか、野心無しと思わせるべきか。
今夜中に、姫宮の許へ帰れるだろうか?多分、無理だよなぁ。なとど、考えていた時だった。

「春宮太夫の住まいは、故兄上のお使いのまま、特に修繕もしていないと聞く。故兄上を偲んでの事とは思うが、そなたのように逞しい男ならともかく、苦労を知らぬ娘だ。本院からの提案なのだが、前内大臣の三条栄小路殿が調度空いておると聞く。どうだろう、この機会に、移ってみる気はないか?」

いきなり、ふってわいた、鶴の一声だった。
提案などといってはいるが、何しろ、今は時めく治天の君、新院の御言葉だ。勅命に等しい。それに、父の名を出され、今の屋敷に手を入れるわけにもいかなくなったし、姫宮についても、苦労させる、なんて言葉が出ては、反論どころか、弁明の余地もなく、頷かざるを得ない。
じいさまに続き、今度は、新院か。またしても、先手を取られた。老獪共め。って言うか、俺、不甲斐なさすぎだな。まぁ、今まで散々呆けてきたんだ、勝てるはずないか。
でも、姫宮だけとの暮らしは、譲れない。そのために、俺は、この道を選んだんだぞ。頑張れ、俺。
しかし、じいさまの提案と言っていたし、前内大臣はじいさまの蔵人を勤めた人でもあったけど、ここで、三条栄小路に俺を住まわせて、新院に何の得がある?なんで、じいさまの提案にのったんだ?
何か仕掛けてくるだなんて、俺の考えすぎか?
ただ、姫宮可愛さかもしれない。
「それとも、何か、栄小路殿では、不満か?」
と、返答を迫られる。
「いえ、滅相もありません。お心遣いに言葉も出ませんでした」
「そうか」
「はい、本院のご配慮と新院のご厚意、ありがたく頂戴したく存じます」
居住まいを糺し、深く礼をする。
「それは良かった。五の姫も、これで少しは安心して過ごせるであろ。そうそう、馴れ親しんだ乳母や側仕えとも離れて、寂しがっていると思うてな、姫の世話をするよう、かの者達に命じてある」
「感謝します、新院」
なるほど。
あのキツそうな乳母を通して、姫宮から探りを入れさせようって魂胆か。そして、俺を監視して、その背後のじいさまの思惑を阻止するつもりなんだろうな。
俺でも分かる、そんな見え透いた策でさえ、残念だけど、俺はかわす話術を持ち合わせてなかった。新院も、かわせないと踏んでたんだろう…。そして、弛んだ俺が、ぽろっとドジを踏むと、それくらい甘くみられてるらしい。
全く、どちらも、隙がないったらないね。しかも、俺相手に容赦ない。一応、身内だぞ?
前門の狼、後門の虎だっけ?まさに、そんな状況に、溜め息が出そうになる。

あまりにも上出来に、俺を罠に嵌められた事が嬉しかったのだろう、新院は、にこりと笑って、宴をお開きにした。
もちろん、俺は、ドン底の気分だった。

重い足取りで帰路に着き、苦々しい気持ちでその事を告げると、姫宮は、ただ分かりましたと頷いて、三条錦小路殿は、どのような屋敷なのかと聞いてくる。その瞳が、若干輝いたことを、俺はもちろん見逃さなかった。基本、好奇心の塊なんだよな。話す側としても、つんと済ましていられるより、楽しい。だから、知っていることを口にする。
まぁ、招かれたのは幼い頃の事で、記憶は曖昧だったから、大した話もできなかったけれど、時折頷きながら、物珍しそうに耳を傾ける姫宮は、可愛かった。
つられて、俺にも笑みが広がる。
散々な宴の収穫に意気消沈してたというのに、俺と言うのは、まったく現金な男であるらしい。
「それと、なつ、でしたっけ?姫宮の乳母や側仕えの者達を、近い内に姫宮の許に就けてくださると言うことですよ」
「なつを?」
姫宮は、途端にしゅんとなる。
乳母から離されて、不安がらない貴人の娘はいないと聞くから、当然姫宮も喜ぶと思ってたんだけどな。嫌と知っていれば、断りようもあったのに…。
「会いたくないですか?」
「ううん、そうじゃないわ。ただ…なつが、私に会いたくないんじゃないかな?」
「まさか」
「だって、なつの言うことを守らずに、今こうして良人さまと一緒にいるのよ?絶対、良く思っていないわ」
「良く思われてないのは、俺であって、姫宮ではないですよ」
「良人さまが、悪いわけじゃないわ」
「俺だって、悪いなんて思ってないですよ。それに、本院も、新院も認められたんですから、乳母とは言え、思っていても表情にも出さないでしょうし、まして、何も言わないと思いますけど?」
「やはり…気にしてると思う?」
ひどく心許なさそうに、上目遣いに俺を見つめる瞳は、うるうるとして、それだけで、やられそうになる。そして、そんな顔をさせてるのが、俺じゃないってところが、気に入らないとか思うのは、相当キてるか?
「姫宮が、済まないって思うなら、気の済むまで、小言を聞いてあげれば良いんじゃないですか?」
「小言を?」
「結局、姫宮は可愛いのだから、小言の一つ二つ言って、反省の色が見えたら、安心する。乳母とは、そのようなものですよ」
「まぁ、何度も心配をかけたことがあるような口ぶりね」
姫宮の表情が変わる。

≫次へ■■■

inserted by FC2 system