深窓の姫宮■■■26■


「正確には、心配をかけてるんだろうなって言う推測ですね」
「推測?」
「姫宮の乳母殿と違って、無言の圧で攻めてくるので」
「何も言われないの?」
「えぇ」
本当に驚いたのか、信じられないとでも言うように、姫宮は目を見開いて、俺を見つめる。
「それに、何て言うんでしょうね…乳母に心配をかけてこそ、男の株が上がるってものだと思いますよ。それに、まぁ、姫宮が望まないと言うのであれば、新院にそう申し上げましょうか?」
「いえ、折角のお心遣いです。それに、なつを無下にはできません」
「わかりました。では、整い次第、移ることにしましょうか」
なつの事なんて、気にしなくても、と思った本心は、なんとか隠しきる。
「良人さまは?」
「俺?」
「お屋敷を移っても、寂しくはないの?」
確かに、母上との思い出もあるこの屋敷を移るのは、少しばかり後ろ髪引かれるものがある。
でも、それ以上のものを見つけてしまった。
「俺は、姫宮さえ一緒にいてくれたら、それで十分です」
そうですか…と頬を染める姫宮に、今夜くらいは、姫宮だけをってのも許されるかなと思ってしまうのだから、俺にとっての姫宮って、どれだけ大きいんだよって思って、空恐ろしいものがある。
無くしたくない。失いたくない。最高の存在。
俺にとっての生きるよすが、そんなところだろうか。

「それにしても、灯明を点けずにいるなんて、遠慮はいりませんよ」
満月の夜で、御簾が上げられているから、お互いの表情なども分かるとは言え、何かしようとするには少しやりにくい明るさだった。
姫宮の住まいで、密かに会っていた頃は、日常的に使っていたようだったから、姫宮付きの使いにも、そのように言ってあったので、俺の甲斐性でも心配しているのかと思い、少し悲しくなる。まぁ、多い方でもないし、姫宮の暮らしぶりに比べれば、そりゃ劣るかもしれないが、読書好きなのだから、夜の灯明くらいは遠慮せずに使ってほしかった。
「遠慮なんてしてないわ」
「じゃぁ、屋敷の者が点けに来なかった?」
「いいえ。ちゃんと断った」
「では、どうして?」
「笑わない?」
小さな声が、そう呟くから、俺は目を瞬かせた。
一体どんな可愛い理由を言ってくれるのか、それを想像するだけで、口元がゆるみそうになるが、何とか堪えて、頷いた。
「明かりを点さずにいれば、帰ってくるかなと思ったの」
「俺が?」
思ってもみない理由で、笑うどころか、首を傾げる。
「そう。帰りがいつになるか、分からなかったでしょう?いつ帰ってくるのかしらって思ったら、…明かりを点けないでおこうって思う夜ほど、良人さまがいらっしゃっていたのを思い出したの」
「それで、明かりを点けずに?」
「そうよ」
なんと!思いもよらない理由なんだろう。そんな風に考える姫宮の発想にまた笑みがこぼれた。
「笑わないって」
「可笑しくて、笑っているのではないので、許してください」
そう言って、彼女をぐっと抱き寄せた。

一体全体、どうやって、姫宮との暮らしを守ろうか?まだ、その糸口は見出だせそうにもない。

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