深窓の姫宮■■■27■


俺と姫宮が、三条栄小路に移ったその明くる日、俺は、渋々姫宮を残し、春宮の許へ参内した。
「なんだか、浮かない表情ですね」
心配とはほど遠い表情をして、春宮は言う。
完全に、面白がってるって分かるが、そこで、目くじらをたてるのは、大人のすることではないし、まして、目附役のするべきことではない。
「それは、きっとこの世が、憂いと離れる事ができないせいでしょうね」
「憂い、か。柳のようにいきるあなたには、無縁の言葉と思ってました」
「まさか。人に知れず物思う時が、俺にだってありましたよ」
そうかなぁ、と春宮は言う。その瞳には、好奇心が煌めいていた。そう言う時の春宮は、遠慮がない。
「新院は、なんて?」
「栄小路殿に移って、姫宮を恙無く過ごせるように、と」
「栄小路殿…ですか?」
「えぇ。ついでに、姫宮の乳母をつける、と」
「気持ち良いくらい、うまい具合にやられてますね」
「そうですね」
「良いなぁ。私もそれくらい構ってもらいたいものです」
「心にもないことを」
「それは、心外です。曾祖父さまは、それほど私に興味がおありでないでしょう?」
「あなたは、私とは違い優秀ですからね。構う隙がないのですよ」
「それは認めるけど、もう少し興味を持ってくださっても良いと思わない?」
優秀だってことを否定しない、そんな性格だからこそ、じいさんが興味を持たない所以なんじゃないか、と思うけど、あえて口にはしない。矯正できる性格とも思えないし、本人も変えたいとまでは思わないだろうから。
「まぁ、今日は、これくらいにしてください」
「随分と早い退出だなぁ。やはり、奥方ができると違うものですね」
「だったら、どんなにか良いと思います」
「あれ?違うの?」
「祖父さまのご機嫌伺いですよ」
「随分と本格的ですね」
本当に驚いたのか、目を瞬かせるその顔には、焦燥も疑心もない。俺が、じいさんの手駒になろうとする意味を分かっているのか、いないのか。まぁ、やる気で競えば、絶対に勝ち目がないなと思う。この春宮は、自分の甥とは思えないほど、権力に意欲的な少年だ。そう言う人こそ、御位に就くべきだと、俺は思うわけで。なんで、よりによって、俺にお鉢を回そうとするのか、理解に苦しむ。まぁ、愚痴をこぼしても始まらないか…。
「今回の件に関しては、本院のご意向が強いですからね。新院に口を利いていただいた分の働きはするつもりです」
「それはまた、似つかわしくない発言ですね。まるで、人が変わったかのようで、恐ろしいものがあります」
「恩には、礼で返すのが、孫としての道でしょう」
何を憚ることない笑い声を背中に受けて、重い気分で、一路じいさんの許へと向かう。

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