深窓の姫宮■■■28■


さて、どう攻めたものか。

じいさんの手駒になるか、新院の思惑にのるか、どちらにせよ、春宮を対立の標的にするわけだから、春宮や春宮に仕える同僚を頼ることはできない。
「上の空だのぅ」
その声に、はっと視線をあげる。
「曲が悪かったかの?」
「いえ、そんなことは」
「よいよい。奥方の事でも考えていたのであろ」
じいさんはそう言うと、手慣れた仕草で、曲を変えさせる。
「この曲は、好きだったよの?」
父上がよく弾いていた曲。好きというより、郷愁を誘う。じいさんのとこに行くと、決まって、父上がこの曲を弾いてくれた。この曲は、唯一俺が吹けた曲だったから。それに合うようにと、一生懸命、笛の練習をした思い出がよみがえる。父上がいなくなってからは、明るい曲調なのに、少しも楽しい気分にはならなかったけど。
そう思ったのは、俺だけで、じいさんは、ありし日の思い出に浸っているらしかった。
父上は、じいさんを尊敬し、期待に応えるように、何事にも真心で対応していたから、じいさんにとって、自慢すべき御子で、自分の後継者に相応しく誇らしい存在だった。
政治の事を抜きにすれば、本当に良いじいさんだと思う。こうして、俺の好きだった曲を覚えてくれているし、姫宮のことにしろ、寛容に受け止めてくれている。

あぁ。
この恩愛は、切り捨てられそうにない。
姫宮は俺の至高の君。だから、じいさんの期待に応えることは、無理だ。けど、無理だと口にしてしまえるほど、じいさんを蔑ろにできない。

「久しぶりに聞いて、吹いてみたくなりました」
立ち上がり、笛を受けとる。
吹きながら、考える。
帝になれなかった父上。じいさんの期待に添えなかったその心の内は、一体どれほどのものだったろう。父上は、どのように振る舞っていた?その様子を思い出す。子として、父をしたい、春宮として、帝を支えていたように思う。
じゃあ、俺は?
孫として、父上のように、真心で応えるしかない。結果は大事ではない。
そう思い至り、少し心が軽くなった。
「ほんに、そなたは、良具に似ておる」
「そんな…父上には、遠く及びません」
「そんなところが似ておると、そうは思わんか?」
そう言って、視線を投げた先にいたのは、前内大臣だった。父上の懐刀と言われた人で、父上の親友。父上の死に当たって出家したと聞いていたけど、じいさんの許にいたのか。
「はい。若君が、こんなに立派に成長されているとは…見違えました」
「陣に入れようと思うのだが」
「陣にですか」
じいさんの言葉に、目を見開いたのは、俺だけじゃなかったらしい。前内大臣は、表情を一気に固くした。
「陣は国の根幹…そう容易くは」
「無理だとな?」
「いえ、本院のご意向とあらば、新院も否とは仰らないと」
「では、そのように」
御意、と返答した前内大臣の表情は、戸惑いのまま、ゆっくりと俺の方に視線を向けたから、俺はにっこりと笑みを返した。
こうなったら、もう先に進むしかない。できる限りじいさんの意思を尊重しよう。

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