深窓の姫宮■■■29■


瞬く間に、俺を陣に、という話は、宮中に伝わったらしい。人の口には戸が立てられないとか言うけど、ホントだよな。まぁ、こっちとしても、やりやすくてありがたいが。
出仕用の衣を身に纏い、颯爽と渡廊を行くと、見慣れた面子がいた。
「次から次へと、太夫は精が出るな」
と右中将。権左少将は、ふぅとため息一つを吐いた。
「そうですね。お陰さまで、なんとか乗りきらせていただいてますよ」
「ったく!口の減らんやつだな」
右中将は、くわっと目を怒らせる。右中将の言うことも最もだなと思うから、にこりと笑い返した。
「折角、姫さんを手にいれたのに、なんでまた反感しか買わんようなことを」
その姫宮を手に入れるための交換条件のようなもの、なんだけどな。
ここでそう言ってしまっては、誰も俺が帝位をねらってるなんて信じなくなる…。
「本院にそう勧められては、断れないですよ。それに、陣には少し興味がありますし」
「正気ですか?」
先に口を開いたのは、意外にも、権左少将の方だった。
正気か?俺は、至って真っ当なつもりだけど。
「もちろん」
「なら、それで構いませんが、しばらくは、ここに立ち入らないでくださいね」
「え?なんでですか?」
「当たり前でしょう。王であるあなたが、春宮にいられたのは、一重に帝のご意向があったからなのですよ?」
「本院の手先になった俺とは、関わりたくないってことですか?」
「何より、春宮を煩わせることはやめていただきたいものですね」
正直、権左少将がここまで拒絶を示すとは思ってなかったけど、この展開はなかなかついてる。このまま、春宮への出仕を拒否られて、陣に顔でも出したら、宮中一の嫌われ者になれそうな気がする。
「そうですね。しばらくはお暇させていただくと春宮にお伝えください」
「え?まじかよ。そんな深刻な話か?」
よく考えろよ、と右中将が、声を荒げた。短慮っぽくみえて、実は情に厚い右中将らしい発言に、思わず、笑みがこぼれた。
「おい、そこ、笑うとこか?」
「すいません…なんか、情が染み渡るなと。お気持ちはありがたいですけど、そう言った次第ですし、お気になさらずともいいですよ」
「そうですよ。あなたは少し安易に過ぎます」
「だけどよ、このままじゃ…」
右中将は、俺をちらりと見て、言葉を濁した。
「だから、正気なのかと聞いたんです。本人がそうと言うのなら、仕方ないでしょう?」
「あんたは、ホントに情の薄い奴だな」
「聞いたんだから、それで十分ですよ」
そうかなぁ、と右中将は首をかしげる。

でも、そうは言っても、味方がいないのは、やはり寂しいものだなと思う。名残惜しいものがあったけど、二人の許をあとにした。
寂しいとは思うけど、じいさんへの思いと同じで、姫宮には勝らない。
たった一年かそこらの付き合いだというのに、誰よりも近くそばにいたいと思わせる姫宮はすごいなと思う。まぁ、そこまで溺れる自分こそが、もの狂いで変質なのかもしれないけど。

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